花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/06/29 9:33:18|その他
正造翁の世界
 偏僻田間に耡犂ヲ把ルノ農夫に
参政権を〜分かりました?
 
 正造翁が当時、普段に書いていた
漢字、漢字ナビの援けを借りて再掲
しています。
 
 偏僻田間に耡犂〜農夫とくれば、
漢字には、「牛」もいるし、ナントナク
分かるけど、何と読むのかな。
 
 ショーゾウワールドへ、ご一緒に。喝
 
 
 







2021/06/28 10:41:39|その他
記者の憧れ 署名論説記事
 栃木新聞(当時)創刊後、
「国会ヲ開設スルㇵ目下ノ
急務」と題する田中正造の
署名論説記事が、紙面を飾り
ました。
 
 この署名論説記事に促され、
それまで活発でナカッタ?
栃木県内の国会開設論が、
さかんになりました。
 
 正造署名の記事は「偏僻田間」に
「耡犂ヲ把ルノ農夫」に参政権を
与えよ。と結んでいます。
 
「偏僻田間」「耡犂ヲ把ル」
?、これが、田中正造サンと
付き合う第一歩のカギデス。喝
 
 
 
 







2021/06/27 11:45:05|その他
りんごの唄
 新聞代、料金改定の
お知らせが、封書で届き
ました。値上げじゃない
んだ。
 
 朝、新聞に、海外で、
リンゴ(新聞廃刊)が、
一面に載っていました。
 
 リンゴは良心の象徴、
戦後日本は、リンゴに救われ
ました。
 
 今、里便りで新聞発行に
命をかけた田中正造を書いて
います。正造翁が居てくれたら
なあ〜喝
 







2021/06/26 10:58:33|その他
無月給の財産
 田中正造が無月給で務めた
栃木新聞編集長、政治家への
道を拓き、選挙の神様に。
 
 先輩、篠原信雄が、その著、
草莽の人で説明しています。
 
 明治一三(1880)年二月、
県会議員の補欠選挙で、正造は
みごとに最高点で当選。
 
 「栃木新聞」の普及活動を通じて、
同志の結集をはかってきたこと(略)
明治二三年七月に衆議院議員に
選ばれるまでの一〇年間つねに
最高点で〜喝
 







2021/06/25 10:07:04|その他
二一天作の五
 田中正造を編集長に船出した
栃木新聞(当時)「ナゼ斯(か)う
賣れぬか」
 
 そこで正造曰く
「予は元と二一添作(天作)に疎く」
創業者四人「額を鳩めて攻究し始めたり」
 
 田中正造昔話(p92)に出てくる話。
願いましては〜ハライましては〜
皆、経済に真黒なり。
 
 田中正造、需要と供給の経済原則を
説き、翌日より(売れぬ)新聞紙を
撒きちらし〜各郡長に新聞を買わせ、
郡民に恵与、販売促進に当たる。喝