花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/01/18 9:01:33|その他
遠き都
2012年3月15日、里便り再掲。

 「村を出た私の先祖をどう見ますか」
平成元年、旧谷中村を訪れた洋画家、
大野五郎が出迎えた「遺跡を守る会」会長
針谷不二男さんに尋ねました。

 「村長も村民も明治政府の
富国強兵策の犠牲者ですよ」

 「本当にそう思ってくれますか」
五郎さんは、八十数年来、背負ってきた
この十字架をやっと降ろせたと、帰って
いかれた。

 針谷さんが語る内容をそのまま、
お伝えしました。五郎さんは、
逸見猶吉、本名、大野四郎の弟、
次兄、日出吉の妻、木暮実千代を
モデルに絵を描いています。







2021/01/17 10:45:48|その他
逸見猶吉〜谷中村哀歌〜
 2012年3月14日、里便り再掲

 写真は詩人、逸見猶吉、本名
大野四郎の実家跡です。旧谷中村の
役場庁舎を兼ねた住まいは、足尾鉱毒事件に
よる強制廃村で破壊され、彼は、避難先の古河で
生まれました。

 祖父、孫右衛門は初代、父、東一は二代目村長、
村を守る立場から、国や県、そして村民の間で
板ばさみになり、苦悩を深めていきました。

 お会いした谷中村の遺跡を守る会長の
針谷不二男さんは、裏切り者とか、正義派とか
外部の研究者がレッテルを貼るのはオカシイ!
そう訴えていました。

 逸見猶吉の詩は、富国、公益に名を借りた
不当な扱いを受けたこころの痛みを解放する
叫びが色濃く滲み、人々に激しく迫ります。







2021/01/16 9:21:11|その他
谷中村 哀歌



 渡良瀬川河畔に、旧谷中村の
合同慰霊碑があります。






 この一角に、谷中村出身の
詩人、逸見猶吉の詩碑も建ち、
詩の一節が刻まれています。






 碑面には、兄、日出吉の名前もあります。
彼は、新聞記者の大先輩、妻は、今は亡き
女優の木暮実千代さんです。






 公害の原点、足尾鉱毒事件で村を
離れた人々の思いを、福島原発事故
被災者の姿にダブらせています。
お便りを続けます。

 2012年3月13日里だより再掲。

 







2021/01/15 12:03:55|その他
コロナ禍に生きる杖言葉を
 蔵の街隠居囲碁クラブは、
市内と市外の会員が、ゴッチャに
なって対局を楽しんでいます。
 
 先日、栃木県新型コロナ緊急事態
宣言に合わせて、囲碁会場の福祉施設から
参加者を市内外に分けて〜交流自粛を。
 
 役員協議、市内外会員、全員お休みに。
その判断や良し!
 
 足尾鉱毒事件、第二第三の田中正造、
水俣病、第四の石牟礼道子現れ、弱者に
寄り添い、コロナ禍と戦えよ!喝
 
 







2021/01/14 12:36:22|その他
なぜ 今 谷中村か
 田中正造の生涯を象徴する
谷中村、先輩の言葉を引用記録、
なぜ 今を考察します。
 
「一見なんの脈絡もないと思われる
言辞の数々から、正造の思索の跡を
辿る興味は尽きないものがある」
全集I解題 日向康。
 
「田中正造が谷中で見た亡国の事実は(略)
たとえば「水俣で」」
 1972年、没後60年祭講演。

「わたくし(石牟礼道子)は、おのれの
水俣病事件から発して足尾鉱毒事件史の
迷路、あるいは冥土のなかへたどりついた。
略、そのひとの典型を田中正造にみる」
 1972年石牟礼道子「谷中村」大鹿卓著
再刊によせて。