花ど真ん中の里便り
栃木県は日本の花ど真ん中です。
プロフィール
■ID
hanadomannaka
■自己紹介
生涯一記者
■趣味
囲碁。山野草。ハーブ。温泉。
メッセージ
メールにてメッセージを送ります。
(メールフォームへ)
カレンダー
<--
2026 / 4
-->
日
月
火
水
木
金
土
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
⇒今月
カテゴリー
・田中一村(2)
・役場の家計簿(0)
・山本有三(2)
・弓削道鏡(0)
・英内親王(0)
・田中正造(0)
・指定管理者(0)
・蔵の街選挙(18)
・拝啓 栃木市長様(2)
・蔵の街 アマテラス(42)
・週末花屋さん(4)
・お知らせ(1)
・私酒(20)
・車と暮らし(46)
・晃石山(テルイシサン)(1)
・報酬の上と下(6)
・蔵の街土砂条例(38)
・郷土の話題(2)
・役場のこころ(1)
・鉛筆一本渡世人(54)
・囲碁(2)
・新聞記者(3)
・自然 植物(2)
・ペット(2)
・健康(0)
・グルメ(1)
・こころの花(1)
・李下に冠を正さず(1)
・考察 蔵の街(20)
・蔵の街 新斎場(2)
・情報公開制度の危機(4)
・マイ ラグビー(1)
・メグスリの木(20)
・公約 給食費無料化の行方(8)
・その他(4019)
コンテンツ
・
訳ありミカンとゴミ袋(4/24)
・
SOS ゴミ袋 一報のみ(4/23)
・
市民が選んだ定数割れ選挙(4/23)
・
選挙は数字の物語(4/22)
・
候補者の名前 書かなかった(4/21)
・
新聞は記録紙か(4/21)
(一覧へ)
検索
コメント
コメントする
リンク
・
山野草「七草の里」
・
花ど真ん中のツイッター
・
太平山のおやじのつぶやき
・
お山の桜
・
軽井沢発地ベリー園の様子
(一覧へ)
携帯アクセス
読者になる
メールアドレスを登録すると、このページの更新情報が届きます。
(登録する)
投票する
このページをランキングに投票できます。
(投票する)
2021/11/01 8:36:51|
その他
筆占い
田中正造が書く、正造の
造のシンニュウ(之)は、
美しく、勢いと味があります。
田中正造遺墨展(佐野市)で観た
正造の造のシンニュウは、そのまま長く
ハシッテいました。
生家にある「愛」の正造、造の
シンニュウは、穏やかで、上に
向かっています。
文は人なり、書は人を表す。
正造死して、百年後の今は?
2012年5・11 里便り再掲。
コメントする
2021/10/31 11:56:33|
その他
田中正造 息の長い話
不幸此40日(大欠伸、服役)ㇵ
短きに似て短からず、「明治35年(1902)
書簡」獄より出て見れば世上の事少しも分り
不申候。
田中正造も、三日見ぬまのサクラかな。
一瞬、そう受け止めました。
正造研究者、赤上剛氏の「正造は何回
投獄されたか」を参考に正造が服役した
刑期の計算始めました。
途中、正造は入獄中、「新約聖書」を
じっくり読むことが出来た。1913年、
田中正造の回想日記紹介が!田中正造
監獄大学論の由縁です。喝
コメントする
2021/10/30 10:39:05|
その他
田中正造 大欠伸
明治35年(1902)6・13(書簡)
人生会計法。
入るとき入ると付けべし当座帳出れバ
いづれでたとしるさん
アクビ事件に付、大刑に触れて檻ニ
行くとき。
明治33年11・28
川俣事件公判、検事論告中、大欠伸、
明治34年、
田中正造、61歳、議員辞職決意。
同年5月29日
本日(大欠伸)無罪ニ候。判事ノ
正当ナルヲ御誉メ被下度候。
明治34年10・23日
田中正造、衆議院議員、辞職。
明治35年5・11
然バ小生義(田中正造)去九日有罪
一ヶ月と十日と五円、
明治35年㋅〜㋆
巣鴨監獄に服役。
不幸此40日ㇵ短きに似て
短からず、
コメントする
2021/10/29 7:37:40|
その他
田中正造 愛
正造が書いた「愛」の一文字は、
彼が生まれた佐野市の郷土博物館の
パンフレットに説明があります。
明治33年(1900年)官憲の不当弾圧
「川俣事件」でけがをした農家の人に、ケガを
証拠として残すよう説得した手紙の中に
「愛」と書いた半紙が、同封されていました。
毒流すわるさやめすハ我止ます
渡らせ利ねニ血を流すとも(写真)
ケガをした農家の人へ、義兄と書いて
おくった正造の決意です。
「愛」と歌の内容は、正造の非暴力と、
結びつきませんが、川俣事件をきっかけに
正造が好んで「愛」と書くようになり、この一文字が、
正造の生涯を貫きました。喝
旧題名「闘いの愛」2012年5・11日、里便り再掲
コメントする
2021/10/28 10:14:06|
その他
窮屈に責めるな
「窮屈に正造を責むるなかれよ。
鉱毒は社会問題なり。国家問題なり。
故に政党を辞したり。尚且ッ議員を
辞して社会と国家ニ対するに弥以て
私心の誤り少なきは公明ニせり。」
明治35年7月29日、田中正造が
甥の原田定助に当てた手紙です。
定助は正造の妹リンの長男。
川俣事件裁判、正造大欠伸、一審無罪、
控訴審で有罪、4回目の服役出所後、挨拶状、
その隣、田中正造全集所載。
「宗教の争へと政党の争への中に葬る
なかれ。其誹りあらバ御弁護被下度候。」
甥に宛てた手紙、感動、冒頭部分、
オスソワケします。喝
コメントする
<< 前の5件
[
366
-
370
件 /
4325
件中 ]
次の5件 >>
<< 最新の記事へ >>
[
easy my webトップ
|
HOME
|
▲ページ上部へ
]
[
easy my web
]
COPYRIGHT © 2006-2012 Cable TV Co.,LTD. all rights reserved. ALL RIGHTS RESERVED.
Powered by
Loyal Planning Co.Ltd.
&
TriQ Association Inc.