花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/08/14 9:43:17|その他
正造翁と渡良瀬川鉱毒洪水
 明治11年(1878)渡良瀬川に
洪水があり、魚の被害発生、川水に
つかると足の指がただれるひとが
増える。
 
 明治13年、栃木県令、渡良瀬川の
魚を有害と警告、魚類捕獲禁止令を
出す。
 
 明治23年(1891)大洪水の発生、
鉱毒反対の動き表面化。正造初めて
鉱毒の被害知る。
 
 明治34年(1901)田中正造、明治天皇に
足尾鉱毒事件について直訴。喝
 
 「参考」
 明治の公害と紛争処理制度に
ついて。回想断片。
 
 







2021/08/13 9:08:20|その他
正造小劇場のススメ
 田中正造全集に収められた
「回想断片」全49編、翁の
生涯エッセイ集です。
 
 生い立ちから、冤罪牢屋暮らし
ストップザ鉱毒事件、生々しい
記憶、記録、場面、情景が目に
浮かびます。
 
 これが、「回想断片」小劇場
ト書き化の挑戦です。
 
 正造小劇場を観て、田中正造の
人となりを理解しませんか。喝
 
 







2021/08/12 8:52:15|その他
正造小劇場
演目 「鉱毒」
原作 田中正造、回想断片。
出演 栃木県令、藤川為親
   県議、  田中正造
     (一場三幕)
 
 時は、明治13年、幕が開くと、宴会の場、
田中正造がお膳に背中を向けて座り、傍で、
桜川(正しくは藤川)県令が鼻を抑えて
ウズクマッテいる。
 
「二幕」
 足尾の山と渡良瀬川、アユが躍って
いる。藤川県令が両手でバッテンの
ジェスチャ。
 
 「三幕」
 再び宴会の場、正造が藤川県令の
後ろ姿に盃を捧げている。
 
 鼻をへし折った相手から教えられた
これが足尾鉱毒事件の原点です。喝
 
 
 
 







2021/08/11 10:24:26|その他
明治13年 田中正造 40歳
 田中正造、明治13年で始まる
「回想断片」です。
 
 明治13年県会議員となりて
予(正造)無用不急の土木を
制すること、国家教育小学は〜。(44)
 
 明治13年栃木県令、藤川為親、
大いに鉱毒の害を唱ふ。(43)
 
 正造13年杤木県中学を廃せんとせり。

 13年、桜川(藤川)県令の世となり、
其挙動傲慢、議員を末席(宴会の)に
置けり。正造怒り膳部ニ臀ヲ向けて
座す。(45)
    喝
 
 







2021/08/10 9:33:53|その他
栃木県議 田中正造の訴え
 県議時代は小学校教育の
充実、地方分権、減税を訴えて
いたのでは?知人コメント。
 
 明治13年県会議員となりて
予の一定の議論としては、無用不急の
土木を制する事、(断片44)
 
 正造は23年の大洪水に至るまで
11年に渉りて、此間鉱毒の何たるか
知らざりし、実に無学ほど悲しきものは
無し。(断片43)
 
 教育は国家教育、小学校には充分に
補助と便利を与え〜(良い教師を多く
するため)師範学校小学補助費、年々
原案に一倍せり。(断片44)喝