花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/12/26 12:19:14|その他
反骨・地球のヒト 熊沢蕃山
 栃木県南部の山間部に、今も点在する
小さな溜池、江戸時代、隣の古河藩に
幽閉された熊沢蕃山が拵えた。その由来を
知る人は、地元でも今は、僅かになりました。
 
 熊沢蕃山(1619〜1691)京都生まれ、
中江藤樹に、陽明学を学ぶ。儒学をはじめ
政治、経済、農業、土木の学問を究める。
幕府を批判し、1687年古河城内に禁固。
 
 そこで禁固処分の罪人、熊沢蕃山が、
自由に城の外に出て、堤や溜池を
どうして、造れたの? 疑問が〜。
 
 地元のひとは、こう書き記しています。
当時の古河藩主親子が、蕃山の才能を惜しみ、
秘かに農地開拓を続けさせていた。正しい口伝が
地元に残されている。喝
 
 
 
 







2021/12/25 14:52:05|その他
ばんざんだめと蕃山堤(つつみ)
「ばんざんだめ」その場所、
知りませんか。この地に生まれ、
育ち住んでいるけど、聞いたことはナイ。
古老に尋ねても、知らないという。
 
 江戸時代、この辺りは、古河藩の領地、
岡山のヒトで幽閉されていた罪人が、
なんで溜池や河川に堤を造り、農業に
貢献出来たの!?
十数年前、田中正造と熊沢蕃山の関係を
調べた時、地元の人が書き残していました。
 
 実は、蕃山設計構築の渡良瀬川蕃山堤が
谷中村を洪水から守りました。東西の土を
入れ替え、踏み固め、出来上がった堤の所々に
四角の穴を掘り、他の土を埋め土の柱を作りました。
 
 地勢水勢に則った堅牢なものとなり、蕃山堤の
名と共に明治まで遺されました。そんな貴重で
大切な財産を!喝
 







2021/12/24 14:42:16|その他
武士農民論と地球環境
 蕃山ー予は武士ナリ。
 正造ー予は下野の百姓ナリ。
「蕃山と正造」で二人を対照的に
紹介しました。
 
 武士と名乗った蕃山が、武士は半分、
農民と考えていた。後で知りました。
 
 農作業も出来ない武士は、いざ鎌倉にあって
何も出来ない。蕃山の持論です。
 
 蕃山と正造の共通は、土と水、それを基盤にする
農業、そして地球環境、二人に学びます。喝
 
 「参考」
 現代エコロジーの先駆者・熊沢蕃山
                                        室田武
 







2021/12/23 11:46:20|その他
蕃山と正造 2012.10.4.里便り再掲。
 古河市の鮭延寺にある
熊沢蕃山ご夫妻の墓を
訪ねました。

 田中正造の日記に、蕃山
没し、まもなく奥さんもとへと
ありますが、蕃山は妻に
先立たれています。

 蕃山ー予は武士ナリ。
 正造ー予は下野の百姓ナリ。

 蕃山ー人は誠なり。
 正造ー人は愛なり。

 熊沢蕃山と田中正造の
生涯を追いかけ、お便り
します。喝







2021/12/22 10:01:52|その他
柚子 異聞
 柚子の木は寒さに弱く、栃木北限の
ユズが、東北、北海道へ旅の土産として、
喜ばれていました。
 
 その北限も地球温暖化で青森県にまで
延び、岩手県では、北限のゆずの名前で、
商品化、マチ起こしも進んでいます。
 
 ゆずの商品化と言えば、脱サラ後、
何でも屋さんに転身、仕入れたユズ羊羹を
近くの観光地物産店に販売をお願いしたこと。
 
 そのユズ羊羹も若者の茶碗が熱くて持てない!
お茶からコーヒーに、それで、お茶受け羊羹も〜。
茶飲み風景も一変したこと。タイヘンでした。喝