花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/10/14 12:24:35|その他
国会議員 辞めました
 謹みて栃木県第三区衆議院議員
撰挙人諸君に申上候〜蔵の街図書館より
お借りした田中正造全集に「国会議員を
辞めました」
 
 明治34年(1901)10月25日付け、
地元後援者に宛てた正造翁のハガキ、
初めて拝見、文面、一部引用します。
 
 数年来足尾銅山鉱毒被害の救済に
奔走していたため〜、内治外交の大政に
獻替して〜国家に対し、諸君に対し、
慚愧忸怩、議員の職を辞退〜。
 
 是より諸君と共に粉骨砕身、鉱毒問題の
解決に従事支度候間 此段諸君に御報告〜 
 二白 目下郵便料に乏しく云々。喝
 
 







2021/10/13 9:10:14|その他
田中正造 宅配
 蔵の街図書館の図書宅配を
希望、登録し、コロナ解除後、
今回、田中正造全集書簡集4巻が
届きました。

 ​​​​​​田中正造全集は全17巻、別巻1,
自伝、論考。県会記録。衆議院演説集。
日記そして書簡集。
 
 今回は、田中正造、国会、鉱毒事件に
ついて、支持者に手紙で何か伝えていないか、
正造翁のこころの内を知る手がかりは?
 
 残念ながら答えは〜。ネバーギブアップ!
書簡集4800通の手紙と田中正造年譜の照合が
楽しみです。喝
 
 
 







2021/10/12 9:08:17|その他
鉱毒証言 小雪十月中の節渡良瀬
 関東平野、秋色漂う渡良瀬川、
今は亡き庭田源八さんが、鉱毒で
奪われた川魚漁の思い出を
綴っています。
 
 舟に乗て(渡良瀬川)に出て
参り升と、岩鼻や小魚が多く
集まりて遊でおりました。これを
投網で〜。
 
 其他五尺も七尺も深き処には、
さい、鯉、鯰抔が淵籠と申しまして
多く居りました。是をやすにて突て〜。
 
 弐拾歳以下、青年諸君はこの例を
知りません。鉱毒被害のため、
少しも居りません。
 
 
 
 
 







2021/10/11 10:47:44|その他
田中正造はなぜ今に生きるのか
 田中正造は、足尾鉱毒事件が
自分の選挙区にあるから、国会で
やったんだ、こころない陰口を
叩かれました。
 
 そう思う人がこの議場の中に、
一人でも二人でも居れば〜。
辞表を出せば、明日から演壇に
立てない!
 
 今一場のお話を(国会の叡智で、
政府に鉱毒事件の理解と解決策)致して
議員を罷めまする積もりでございます。
 
 残念ながら、この叫び、議員の耳に
届かず、明治34年10月23日田中正造
議員辞職願、再考(慣例)を促され、
同日、その必要ナシ。
 
 
 
 







2021/10/10 12:11:22|その他
私ハ田中正造党員デス
 第一回総選挙、明治23年(1890)
栃木第3区、当選、田中正造、797票、
次点、木村半兵衛672票。
 
 選挙権が高額?納税者にだけ、与えられて
いた時代の選挙です。その栃木第3区の旧い
町で田中正造、当時の選挙運動に触れる機会が
ありました。
 
 選挙カード、個人名の下にハンコが〜
ハンコをクダサイと言われれば、名前は
書くけどハンコだけは〜のハンコが。
 
 田中正造衆議院議員十年、一年に2回、
しかもそれが2度も!総選挙を戦い、
連続6回当選、その秘密は?喝