花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/01/24 12:23:53|その他
渡良瀬のこころ

 2012年4月9日里便り再掲。

 足尾鉱毒事件、渡良瀬川を
舞台にした、鉱毒悲歌、ウルトラマリン、
そして小椋 佳さんの逍遥の歌に
巡り会いました。

 鉱毒悲歌は悲憤慷慨、請願デモで
歌われ、ウルトラマリンは谷中村廃村が、
子孫のこころ、ソレガドウシタ ソレデ
ドウシタと叫ばせました。

 「渡良瀬逍遥(そぞろ)」は小椋さんの本に
よれば「渡り残している河をふりかえる時、
人は同じ表情になる」
これが我々の共通意識だ。

 これを受けた「渡良瀬を行けば」で
「渡りもあえぬ渡良瀬の 河のほとりに
一人来て」そして、各小節の終わりに
「なんと」ひそやかなものか、
さびしいものか、はかないものか。
心象風景を詠んでいます。

 参考文献「渡良瀬逍遥」企画・構成 小椋 佳







2021/01/23 11:22:10|その他
鉱毒闘争 最後の砦
 田中正造が、直訴後、谷中村へ
入村するまで、足かけ三年の月日が
流れています。
 
 コピーした田中正造全集と余禄の
二通りの年譜には〜
 
 県内外各地で開かれた鉱毒停止演説会、
鉱毒講演会に登壇。その間、新聞記者や
政治家それに学生らを被災地谷中村に案内。
 
 明治37年(1904)7月谷中村問題に専念する
ため入村。年譜に、そう記されています。喝
 
 
 

 







2021/01/22 9:05:19|その他
田中正造 年譜
 「田中正造翁余禄」島田宗三著に
ある、翁の年譜を蔵の街図書館で
コピーして貰いました。
 
 ネライは、晩年、谷中村暮らしの
翁に付き添っていた著者が遺した
余禄年譜と全集年譜を一冊の
ホルダーに並べて納めれば〜
 
 ところが、紙数が多く、収まり
きらず、折角のアイディア?
思いつきも!一タス一は三ナラズ?
 
 個は孤ならず、二つの年譜を
合わせれば、なぜ今谷中村か、
正造翁の息づかいが〜
念ずれば花開く。喝
 
 







2021/01/21 8:51:19|その他
田中正造観〜十年一昔〜
2012年2月29日、里便り再編集再掲。
 
 福島原発事故の後、
これは第二の鉱毒事件、
現代版谷中村だ!
第二の正造、現れよ!
そう、お便りし、他人にも
話しました。

 実はあの時、足尾鉱毒事件の
主役は田中正造以外に、いないと
捉えていたフシガあります。

 実際に取材してみますと、
正造の向こうに被害住民の祈りと
動きが見えてきました。
これが正造を天皇直訴に駆り立てた
川俣事件です。

 ここに登場した被害住民すべてが、
足尾鉱毒事件の主役です。そう思い、
叉、迷いながら、今日も温故知新を
続けます。喝







2021/01/20 9:41:11|その他
谷中村 この世の話
 2012年3月16日、里便り再掲。

 足尾鉱毒事件、田中正造に従って、
最後まで闘った人は正義派、それ以外は
裏切り、脱落、買収派!ヒドイ話です。

 なかには、売国奴ならぬ売村奴!?
正造研究者の間で、罷り通っています。

 これを隔靴掻痒といいます。
誰も正造のカユミに気づかず、勝手な
話をしています。

 来年、正造没後百年、文明批評家?
預言者?思想家?神様扱いされぬよう、
セツニ、希望します。

 因みに今年(2021年)は、生誕180年、
直訴120年。