ロックシップ・カンタービレ

六人家族のお父ちゃんが、自由なスタンスで日々の出来事や思った事をつづります。
 
2018/12/13 0:48:19|全般
さらば2018年(ってまだ早い)

こんばんは。

今夜はいろいろな都合により平日「忘年会」でした。
でもおかげさまで仲間と、太田の夜をすっかり堪能してきました。

「ロックシップさんはウィスキーがいいんだよね!」と、今年から馴染みになりつつあるお店にも顔と好みを覚えてもらい、そんなに通っている訳でもないのにありがたいやら、申し訳ないやら・・・
♪浮世話に花が咲き、気が付きゃ終電、御勘定。これさえなけりゃと千鳥足・・・

駅に向かえば、東武りょうもう号のプユマ君もクリスマス仕様にお召し替えしていました。
(そういえばプユマカラーの200系は現在復元塗り替え中でしたっけ)
それはさておき。
皆さんお世話になりました。
今晩も楽しかったですよ〜!また来年もよろしくね!







2018/12/11 22:18:05|プラモデルネタ
響の兵装を検証

こんばんは。
今朝も栃木県南地方は良く冷えましたね〜!
6:40に車に乗ると、外気温計は−6℃を示していました。
クルマのヒーターもなかなか温まりません。辛い季節になっていきますね。

さて、作り掛けのタミヤ製駆逐艦「響」ですが、後煙突の近くに設置してある機銃がどうも怪しく・・・
作り方説明書では煙突のインテーク前方上部に単装機銃銃座を2個乗せるようになっているんですけど、これは特型のT型、U型に装備されてた銃座で、写真資料によるとV型の響は煙突後方に装備されていたようです。

せっかくあけた穴も埋めて・・・


煙突後部の探照灯の後ろに取付けるように指示されていた単装機銃も違うらしく、方位測定器を取付け台座を自作します。

艦首楼の後甲板も実はリノリウム敷きだったようなので、ここも塗り分けで表現。


それから、どうしてもピットロード製のキットと並べると前後甲板の滑り止めが無くてあっさりしすぎてしまうので、カナサシを当てて網目状にカッターで滑り止めの表面のテクスチュアを刻んでいきます。


さらに後部の爆雷装填台も伸ばしランナーを束ねて爆雷を再現。
投射機もグレードアップパーツから調達しました。

ふーむ。何やっているんでしょうねぇ・・・、はたから見たら一体何やっているのか、全然良く分からんところだけど、これもまー自己満足!







2018/12/10 23:07:05|日曜大工など
栃木県北、県央へ

こんばんは。

土日は忙しく、宇都宮や那須まで行ってきていました。

土曜は宇都宮の母の車の車検対応で、ショップから譲ってもらったマフラー(排気管消音機)を修理持参して、依頼している車屋さんのサービス工場まで車ごと回送。
その後お見舞いやらお使いもあって母の実家の那須塩原の温泉までひとっ走り。
「ご無沙汰でーす!お風呂もらうよ〜!」”どっぷーん!!”「うーんさいこー!」(あー・・・気持ち良すぎ!とろける〜・・・)
伯父や温泉旅館の従兄の家からもお土産をいっぱいもらって帰宅しました。

そして日曜は長女の通う栄養大学の、栃木県内における「就職状況説明会」を聞きに宇都宮のマロニエプラザへ。

いろいろ聞いてみないと就職に関しては分からん事がいっぱいあるもんですね〜。
栄養大学卒業後に「管理栄養士」になれた場合の求人需要は、医療・福祉関係以外からのほか、食品製造業からの求人があったりして・・・なるほどねぇ〜。

一方、自分も定年後の「セカンドキャリア」を相談出来るところ(JOBプラザというの)が実家の近くにあるって、初めて知りました。

そして説明会後は懇談会で立食パーティー。
お食事をいただきながら、父兄会の方々、そして大学理事長のK先生とも懇談させていただきました。
いろいろと親御さん同士の情報交換が出来、学校側の支援体制や、生徒進路やらもうかがえて、本当に良い機会でしたね〜。

講演後は、ロックシップは実家の経営する喫茶店にて、壁の修繕作業です。

経年劣化でボロボロになった化粧室の壁紙を切って剥がし、水要らずで貼る事の出来る粘着性の壁紙で張替です。
取りあえずひどい所の張替ができたので、これにて終了!!

ふーむ、いろいろやりたかったことが出来て良い週末でした。
田舎も実家も皆大過なく過ごしているようで良かったです。

次の帰省は年末かなぁ。
毎週、家族の事やら家事やらで時間を取られていますが、実家の母ももう70代後半。

またいろいろ対応せねば・・・







2018/12/08 21:09:02|全般
トミカじゃないよ、フジカ(?)だよ

こんばんは。

往年のミニカー発掘のさい、いっしょにこんなのも出てきました。
暗っぽい箱がいかにもトミカを意識しているみたいですが、「Fuji Car」という香港Zylmex(ジルメックス)製のミニカーです。
いったい何年ごろの玩具だったんでしょうか?
これは前橋の玩具店「ゴカン」さんで、グリップ製のスーパーカーを見付けた時に一緒に買ったものでした。

ずいぶん丁寧にメーカー包装されていますね。紙箱の中でコロコロ動かないようにウレタンスポンジで巻かれています。
小さなシールが入っているところも往年のトミカと同様ですね。
(でもトランクとドア貼り付け用に2枚分しか入っていないのでドアシールが片側足りないぞ)

一方、黄色っぽいティントの入った窓ガラスは、何だか英製マッチボックスのミニカーを彷彿とさせますし・・・。
なんとか「日本のミニカー市場」に食い入ろうとしていたんですなぁ。

車種もマツダクーペというまた、パトカーにしちゃずいぶんマイナーな車種を選定したもんです。

当時のトミカの車体モールドと比べるとけっこう甘さが感じられ、ボディシャシーの接合部分の不整合や、近年の仏製マジョレットを思わせる大味な車輪のモールドの荒っぽさもありますが、日本車のミニカーを作って、その後のミニカー業界に影響を与えてくれたことに対し感謝したいところです。







2018/12/08 0:03:56|プラモデルネタ
駆逐艦「響」の艦橋をさらに考察

こんばんは。
田宮模型製ウォーターラインシリーズ駆逐艦「響」の艦橋の形状をさらに検証していきますが・・・

うーん、艦橋の下層を横から見ると鋼体の前後長が明らかに細いですね。
なぜこうなるんだろう。

もっとも35年前のキットでは往時の写真資料もそれほど見つかってなかったかもしれませんし、図面だって終戦前に殆ど焼いてしまったことでしょうし・・・

終戦直後、静岡の模型製作会社では木製模型(ウッドモデル)をたくさんリリースしていたようです。
一方、その設計者、木型屋さん、金型屋さんも、慣れないプラ模型に転じたものの、可能な限りしっかりした考証を凝らして、模型として生産販売することで食いつないでいったことでしょうし。

当時はタミヤクオリティといえども現在のような情報が無い時代には大変な苦労をして駆逐艦キットをリリースしていったんでしょうね。

さて。
ここ艦橋後部はプラ板を積層して貼り付けて直すしかなさそうですなぁ。

と、いう訳でプラ板重ねで前後長を太らせていきました。

これくらいかなぁ・・・

実物の写真や図面の写しを元に整形して取付けです。

まぁ、オリジナルの艦橋よりは、より大戦末期の姿に近づいてくれたのではないでしょうか・・・?

模型って楽しいですねぇ。







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