ゆるゆると。
 
2010/06/25 0:31:28|音楽
訛ルンです
6月27日(日)12時20分〜12時50分、ラジオ栃木放送(県央1530kHz、両毛1060kHz、県北864kHz)にて「さかはし矢波の三ツ星クラシック(再放送)」にゲストで出演します。
そこで6月27日のコンサートの宣伝をさせてもらったのですが再放送がまさにコンサート当日だったり。私はゲネの真っ最中なので聞けません。残念。
しかも「あらいさんの車はチャバネ何とかに似ている」「ナイアガラの滝でボートに乗ったら難破船のようでした」などとクラシック音楽とは関係のないグダグダなトークをかましてしまいました。

本放送は22日(火)で、こちらは聴けたのですが、相変わらず噛み噛みで泣けます。

しかも私、

@滑舌が悪く
A舌足らずで
B訛りがある

という三重苦な人間で、いや自分では訛っているとは思っていないのですが、友人に
「訛る人間ってのは自分が訛っていると気づかないで喋るから困るんですよねっ」
と暴言を吐かれたり、初対面の人間に、
「君って・・・北の地方の人?」
と尋ねられたりするので、多分すごく訛っているのでしょう。
くやしい・・・でも納得しちゃう
どうせつい最近まで

『布団をこむ』(取り込む)も
『食器をひやす』(水につける)も
『ご飯をよそる』(よそう)も

みんな素で共通語だと思っていましたよ!
この微妙な方言感(造語)がうちの県の地味さっぷりを如実に表しているというか。因みにうちの地方では、空には蜘蛛がたなびき飴を降らせます。


恐るべし無形アクセント。









2010/06/17 0:59:12|GSEプログラム
GSEプログラム10:5月3日

 午前中はアンクル・トムの小屋へ。
どうしてカナダにアンクルトム?これってアメリカの話じゃないのかなと思っていたのですが、モデルとなったヘンソン牧師(Josiah Henson(1789−1883)がオンタリオ州で亡くなったのですね。
ハンセン牧師は1849年に作者のストウ夫人に出会い、彼女に語った自らの体験が、1852年に「アンクル・トムの小屋」として出版されました。

 午後はグリーンハウス(温室)のペッパーの工場へ。
こちらは栽培から収穫、包装、発送までこなしており、ビニルハウス栽培の方法が大学の試験農場でやっているような、なんていうんでしょう、エコに特化したというか環境に優しいというか、そんな感じでした。土を使わないので農薬も使わず、害虫対策として益虫を使ったり、とても未来を見据えた施設だと思いました。ただ設備に大変なお金がかかるんじゃないかなと思ってしまったり。

 ホームステイ先では、トラクターに乗りたい乗りたい云っていたら、ホストファザーのロンさんが乗せてくれました(荒井さんはそろそろ遠慮という言葉を覚えた方が略)。








2010/06/12 21:09:49|GSEプログラム
GSEプログラム09:5月2日

 カナダ初日。
初めてカナダの土地を踏んで受けた印象は、なんといいますか、土地が広いというか平べったいというか家が少ないというか・・・田 舎 ? 
見渡す限り畑、時々牛、みたいな景色が広がっていました。

ホストファミリーは退職して現在は農場を営んでいるロンさんエレーヌさんご夫婦で、ご主人のロンさんはアコーディオンが趣味で一昨年CDを自主制作をしてしまったという「悠々自適」という言葉がぴったりの感じでした。
基本的にロータリアンの皆さんはガツガツしていないというか、余裕を感じます。

 今日はお世話になる地区の人たちが集まって食べ物持ち寄りのウエルカムパーティがあったのですが、なんとなくアメリカの人たちよりものんびり、みたいな印象を受けました。気のせいかもしれませんが。


そして食べ物もアメリカよりも美味しい気がしたのですが。





(一番上の写真は国境越え。ブリッジを抜けるとそこはカナダでした)







2010/06/10 1:20:38|GSEプログラム
GSEプログラム08:5月1日

 地区大会二日目。
ここでのプレゼンがGSEの最大のイベントでした。
ブレックファーストミーティングだったので朝7時半集合。6時起床。なんて健康的なんでしょう。

朝からあいにくの雷雨で、集客が悪かったのが残念でしたが、なんとかプレゼンは無事すむことができました。
はじめに日本のGSEメンバーが発表して、その後カナダ・アメリカチームの発表でした。その合間にカナダチームのヘザー(ヴァイオリン)とエルガー「愛の挨拶」を演奏しまして、なんといいますか言葉は悪いですが宴会芸って重要だなと思った次第であります。

 昼餐会では、ユースエクスチェンジプログラムの発表がありました。これは世界各国の高校生が6380地区(アメリカ・カナダ)に十ヶ月間留学するというプログラムでして、十代の子たちが異国の地で頑張っている姿を見ると応援したくなるというか、若い子のピチピチさ加減におばちゃん眩しくて仕方がなかったです。若い頃から勉強をしっかりやっておけばもっと英語ができたのでしょうしょかねえ。(遠い目)

 午後はフリーだったのでロータリーのメンバーとフォードが建てた社宅(?)見学。古い建物に実際に住んでいる人がいて、いわゆるお宅訪問みたいな感じで自宅を説明してくれたのですが、なんでしょうねえ、規模は違うけど、世界遺産に住んでいる人が観光客を迎入れる感じというか。部屋がものすごく整っていまして、まったく生活感のない家でした。普段どうやって生活しているのだろう・・・

 夜は今回最もフォーマルな晩餐会。円卓に座ったのですが、お隣は偶然にも来週ホストファミリーになってくれる方でした。
 ここでも君が代演奏。ところで世界の国歌って割と不思議な歌詞が多いような。英連邦国歌(6番)とか大丈夫なのかしら、なんて思っちゃいます。オランダ国歌(1番)も先週「題名のない音楽会」で初めて知ったのですが、今現在これ聴いても「?」だし。フランス国歌も正直お子様向けではない気がします。そう考えると、君が代はあからさまに攻撃的でない分歌いやすいのかなと。妙なヌルさもないわけではないですが。
あ、すみません上の文章は他国や祖国の国歌を非難しているわけではありません〜
なんだか昨日の日記から文章打ちながらどきどきしているのですが。

 晩餐会は9時半頃お開きになり、ホテルのピアノで西田先生と歌の練習。結局2時間近く練習しまして、先生のタフさに脱帽いたしました。歌とピアノだと歌の方が体力消耗するような気がするのですよね。
たぶんメンバーの中で先生が一番お元気です・・・








2010/06/07 0:52:40|GSEプログラム
GSEプログラム07:4月30日

 地区大会1日目。
今回の旅の目的ともいえる最も大きなロータリーのイベントです。
昼餐会と講演会、オープニングでいきなり「日本の国歌を弾いてください」といわれ、ホールにあったガタガタのピアノで弾いたわけですが、よく考えたら国歌なんて弾いたの生まれて初めてです。まともに歌うのも15年ぶりとかではないでしょうか。
国歌を聴く機会はありますが、普段の生活ではなかなか歌う事ってないですよね。
因みに国歌は「National anthem」といいます。
最初anthem の意味が解らず、「?」となったのですが、「National song」と言い換えてくれました。

その後は部屋ごとに分かれ、講演会がいくつも続きました。
建物全部を貸し切ってロータリーのイベントを行うといった感じです。
当たり前ですが英語が大変・・・環境問題とかポリオとか知識として持っている話題だったら想像も含めてまだ何とかついていけるのですが、経済とかになるともうお手上げでした。こう、こめかみからチリチリする感じというか。






(追記)
別の機会に、アメリカ在住の日本人から、「そのような場で国歌を演奏することに躊躇いはなかったの?」という質問を頂きました。
君が代については日教組を引き合いに出すまでもなく、色々デリケートな問題を含んでいますし(因みに君が代が国歌に制定されたのが私が大学生のときでした)、ここで意見を述べるのは差し控えます。すみません、チキンです。
が、スポーツの国際大会で日の丸が揚がり君が代を斉唱するアスリートの気持ちがちょっとわかったような。外国で自国の国歌を歌うというのは、アイデンティティ確認というか、拠り所というか、懐かしさというか、ホームシックというか。
(どんどんしょぼくなっていますよ)

これをナショナリズムを呼んでしまうとアレですが。