宮澤賢治、風の世界

宮澤賢治の作品を彩る言葉と風を追って宮澤賢治の世界を訪ねよう。 賢治は風という言葉に何を託したか。風を描くためにどんな言葉を選んだか。 賢治は何を求めて風の中に身を置いたのだろう。 そこに少しでも近づきたくてページを埋めていく。
 
「旅程幻想」詩群の位置
「旅程幻想」詩群の位置
この稿は、当ブログ「三陸への旅」(2014、1、11)を、見方を変えて、加筆修正したものです。
「旅程幻想」詩群については浜垣誠司「賢治の連作詩群」(HP「宮沢賢治の詩の世界」)を基盤にしました。
 旅行の行程は木村 東吉『宮澤賢治 《春と修羅 第二集》研究』 (渓水社,2000)によります。

 
 「旅程幻想」詩群は
三三八「異途への出発」 一九二五、一、五、(「春と修羅第二集」)
三四三「曉穹への嫉妬」 一九二五、一、六、(「春と修羅第二集」)
〔水平線と夕日を浴びた雲〕〔断片)〕一九二五、一、七、(「春と修羅第二集」)
三五一「発動機船」〔断片〕、一九二五、一、八、(「春と修羅第二集」)
三五六「旅程幻想」一九二五、一、八、(「春と修羅第二集」)
三五八「峠」一九二五、一、九(「春と修羅第二集」)

 
からなる。
 加えて「発動機船一〔断片〕から発展した「発動機船 第二」(「春と修羅第二集補遺」)、その関連作品「発動機船一」(口語詩稿)、「発動機船三」(口語詩稿)、〔鉛色の冬海の〕(文語詩未定稿)、「敗れし少年の歌へる」(文語詩未定稿)も含む。
 背景は、賢治の一九二五年一月五日から九日までの三陸方面への旅である。
 旅立つ前、一九二四年の夏、農学校教師として初めて凶作直面し、その痛みを読んだ詩群と帰ってから農学校をやめる決断に至る詩群があり、三つの詩群を通して賢治の生涯を決める重要な時期だったことを仮定して論を進めたい。
 一九二四年は凶作、賢治は、農学校の生徒を通じて伝わる農村の凶作の惨状には心を痛め、教師という立場の無力感、そしてこれから先への不安は大きかった。
   一九二四年十二月に初めての童話集『注文の多い料理店』を盛岡の光原社から出版した。序文、広告文に綴られる読者への熱い想いや、出版社に要望した、社名には「光〉を入れること、装丁の色、青へのこだわりなど、強い期待が感じられる。  しかし童話集は売れず、児童文学雑誌『赤い鳥』には広告文を載せることができたが、主催者鈴木三重吉は賢治の真意を理解しなかった。
 重なる絶望や不安のなか、賢治は一九二五年一月五日から九日まで三陸海岸の旅に出る。まず、一九二四(大正一三)年一一月に種市まで延長したばかりの八戸線に乗って種市まで行く。そこには賢治が鉄道好きで、新しく開通した路線に好んで乗っていたとも言える。(注1)
  木村東吉(注2)によれば一月五日東北本線下り 二一時五九分発の夜行列車で、積雪の花巻を発ち、一月六日未明八戸で八戸線に乗り換え、六時五分に種市につき、乗合自動車か徒歩で久慈に向かったとみられます。さらに海岸線を徒歩で辿り、また貨客船に乗ったりしながら釜石まで行き、釜石線で花巻に帰っている。
 この旅では「旅程幻想詩群」と呼ばれる詩七篇、断片二篇、そこから発展した文語詩二篇を残した。また、「少年小説」を意図して書いた「ポラーノの広場」には、主人公が出張して歓待される場面としてこの旅が描かれている。
 
三三八 異途への出発 一九二五、一、五、
 
   
   月の惑みと
 
   巨きな雪の盤とのなかに
 
   あてなくひとり下り立てば
 
   あしもとは軋り
 
   寒冷でまっくろな空虚は
 
   がらんと額に臨んでゐる
 
      ……楽手たちは蒼ざめて死に
 
        嬰児は水いろのもやにうまれた……
 
   尖った青い燐光が
 
   いちめんそこらの雪を縫って
 
   せわしく浮いたり沈んだり
 
   しんしんと風を集積する
 
      ……ああアカシヤの黒い列……
 
   みんなに義理をかいてまで
 
   こんや旅だつこのみちも
 
   じつはたゞしいものでなく
 
   誰のためにもならないのだと
 
   いままでにしろわかってゐて
 
   それでどうにもならないのだ
 
      ……底びかりする水晶天の
 
        一ひら白い裂罅(ひゞ)のあと……
 
   雪が一さうまたたいて
 
   そこらを海よりさびしくする
 
 「異途への出発」は、その第一日、発想される。暗く冷たい風景は、賢治の心そのままである。「あてなくひとり下り立てば〉からは、八戸で列車から降りた時点の心象と思われる。)木村氏の推定(注2)にしたがうと、これは六日未明の描写、ということになり、「こんや旅だつこのみちも〉に矛盾するかもしれないが、「ひとり下り立てば」、この雪への臨場感、漠とした広さと空虚さからして、花巻ではなく、そこから新線の開通している八戸が旅の出発点である。
 「月の惑み」の読み・意味とも確定できないが、心を表す場合の「クラム〉を使って「クラミ〉と読み、「寒冷でまっくろな空虚」ということから、月のない暗さを表すと仮定したい。
   一九二五年一月五日の月齢は九.九六(注3)で、六日の未明にはすでに月明は無い。「いちめんそこらの雪を縫って〉、「尖った青い燐光」が見えるのは、降る雪のなかの光の形容だが、これは駅の明かりのせいかもしれない。
   さらに、「風」という語と、擬態語の用い方は、賢治の心象を一層効果的に表す。
 「しんしんと風を集積する」は雪の降るさまだが、「風〉と表現することで、雪のはかなさ、軽さ、風景の広さを捉えた表現となっている。
  「しんしんと」は「森森」「深深」など、奥深く静寂な様を表す漢語の擬態語で、これは静けさだけでなく、作者の心に沁み込むような寂しさも感じさせる。
 ここで、「寒冷でまっくろな空虚は/がらんと額に臨んでゐる」では、  広く空虚でさびしい様を表す擬態語「がらん」を「額(ひたい)」ととも使うことによって、周囲の茫漠とした空虚から、作者の心情のむなしさまでを感じさせる。  さらに擬態語として用いるときは、普通「がらんとした」、「がらんとして」とするところを「がらんと」で切ることによって、いっそう不安定なおぼつかない思いが感じられる。
 
三四三 暁穹への嫉妬 一九二五、一、六、
 
   
 
   薔薇輝石や雪のエッセンスを集めて、
 
   ひかりけだかくかゞやきながら
 
   その清麗なサファイア風の惑星を
 
   溶かさうとするあけがたのそら
 
   さっきはみちは渚をつたひ
 
   波もねむたくゆれてゐたとき
 
   星はあやしく澄みわたり
 
   過冷な天の水そこで
 
   青い合図(wink)をいくたびいくつも投げてゐた
 
   それなのにいま
 
   (ところがあいつはまん円なもんで
 
   リングもあれば月も七っつもってゐる
 
   第一あんなもの生きてもゐないし
 
   まあ行って見ろごそごそだぞ)と
 
   草刈が云ったとしても
 
   ぼくがあいつを恋するために
 
   このうつくしいあけぞらを
 
   変な顔して 見てゐることは変らない
 
   変らないどこかそんなことなど云はれると
 
   いよいよぼくはどうしていゝかわからなくなる
 
   ……雪をかぶったはひびゃくしんと
 
     百の岬がいま明ける
 
     万葉風の青海原よ……
 
   滅びる鳥の種族のやうに
 

   星はもいちどひるがへる
 
 八戸で八戸線に乗り換え、六日の六時五分に種市に到着し、徒歩または乗合自動車で三陸海岸を南下する途中の海岸で詠まれた。
 薔薇輝石は準輝石、ロードナイトで、バラ色に近い色彩で、宝飾品に加工することが多い。この近く九戸郡野田村玉川の野田玉川鉱山はマンガンとともに、日本で唯一バラ輝石を産出した。一九八六年操業停止後はバラ輝石の加工と観光坑道となった。
 この日この時刻、南東の空には、「さそり座」、三、九等星の「明けの明星(金星)」が隣には太陽系「水星」が見えていた(注4)。
ここで、「リングもあれば月を七っつもってゐる」という記述は実際には見えない土星である。
 でも、最初に語られている「清麗なサファイア風の惑星」とは、大気の減光によりやや赤みを帯びた金星と思われ、「薔薇輝石」のイメージと重なる。時間の経過と共に輝きを増してきてやがて「清麗なサファイア風の惑星」になってゆく姿が描かれている。しかし、下書稿から見ると、「清麗なサファイア風の惑星」とは、明らかに「土星」を指している。肉眼でみえる「金星の光」と想像の「土星の姿」とを賢治の心象のなかで重なったのかもしれない。
地中にある美しい鉱石を思い、雪景色や星々の溶け込む明けがたの冷たい空に、賢治の心は研ぎ澄まされて行く。この恋愛に似た感情は、さらに文語詩「敗れし少年の歌へる」に発展する。
六日夜は、下安家(しもあっか)の旅館に宿泊し、七日朝、近くの下安家、堀内、大田名部いずれかの漁港から貨客船に乗船した(注2)。そこで発想されたのが三四八〔水平線と夕陽を浴びた雲〕[断片]一九二五、一、七、「発動機船一」〔断片〕、「発動機船一」から発展した「発動機船 第二」(「春と修羅第二集補遺」)、その関連作品「発動機船一」(口語詩稿)、「発動機船三」(口語詩稿)、である。
 そのほか三四八〔水平線と夕陽を浴びた雲〕[断片]一九二五、一、七、は、〔日脚がぼうとひろがれば〕(「春と修羅第二集」)下書稿のあとに書かれてすべて消しゴムで消されていたもので、内容は後述の「発動機船一」とほぼ同じ船上の情景である。
 
   水平線と夕陽を浴びた雲
 
   波が  なり
 
   そ  ひろくふなべりをとってある
 
   さっきの
 
   もう  ながらほって
 
         がけ
 
   いきなりはげしく
 
   さっきのいちばんきれいなむすめが投げたのだ
 
      ……   に のさっき
 
        まっしろな珪 の   いふ
 
   その斑岩の海岸は
 
   あすこにも           のは
 
   今日のそ
 
   いちこ
 
      ……春  もとるそのむすめたち……
 
   
                  
    「発動機船 一」
 
   うつくしい素足に
 
   長い裳裾をひるがへし
 
   この一月のまっ最中
 
   つめたい瑯玕の浪を踏み
 
   冴え冴えとしてわらひながら
 
   こもごも白い割木をしょって
 
   発動機船の甲板につむ
 
   頬のあかるいむすめたち
 
     ……あの恐ろしいひでりのために
 
       みのらなかった高原は
 
       いま一抹のけむりのやうに
 
       この人たちのうしろにかゝる……
 
   赤や黄いろのかつぎして
 
   雑木の崖のふもとから
 
   わづかな砂のなぎさをふんで
 
   石灰岩の岩礁へ
 
   ひとりがそれをはこんでくれば
 
   ひとりは船にわたされた
 
   二枚の板をあやふくふんで
 
   この甲板に負ってくる
 
   モートルの爆音をたてたまゝ
 
   船はわづかにとめられて
 
   潮にゆらゆらうごいてゐると
 
   すこしすがめの船長は
 
   甲板の椅子に座って
 
   両手をちゃんと膝に置き
 
   どこを見るともわからず
 
   口を尖らしてゐるところは
 
   むしろ床屋の親方などの心持
 
   そばでは飯がぶうぶう噴いて
 
   角刈にしたひとりのこどもの船員が
 
   立ったまゝすりばちをもって
 
   何かに酢味噌をまぶしてゐる
 
   日はもう崖のいちばん上で
 
   大きな榧の梢に沈み
 
   波があやしい紺碧になって
 
   岩礁ではあがるしぶきや
 
   またきららかにむすめのわらひ
 
   沖では冬の積雲が
 
   だんだん白くぼやけだす
 
 
 「発動機船一」では、冒頭、荷物を積み込む娘たちの生き生きとした働く姿を捉えていて、詩は明るいものとなっている。
 瑯玕は暗緑色または青碧色の半透明の硬玉、美しいものの喩え、ここでは波の形容で、娘たちの形容―美しい裳裾、素足とともに詩の冒頭の肯定的な風景の有効な言葉となる。
 だが、一瞬、娘たちの背後にある、農村の事実―自分も体験した干害―に気づき詩調は暗くなる。
 船上の人々の日常は普通で、特に感動的には描かれない。娘たちの「きららかな笑い」で一瞬明るくなるが、沖には発達すると積乱雲にもなる積雲が現れ、変化していく空を暗喩する。
 
 
   発動機船 第二
    
   船長は一人の手下を従へて
 
   手を腰にあて
 
   たうたうたうたう尖ったくらいラッパを吹く
 
   さっき一点赤いあかりをふってゐた
 
   その崖上の望楼にむかひ
 
   さながら挑戦の姿勢をとって
 
   つゞけて鉛のラッパを吹き
 
   たうたうたうたう
 
   月のあかりに鳴らすのは
 
   スタンレーの探険隊に
 
   丘の上から演説した
 
   二人のコンゴー土人のやう
 
   崖には何かひばか竹かゞ
 
   凍えたやうにばしゃばしゃ生えて
 
   波は青じろい焔をあげて
 
   その崖裾の岩を噛み
 
   船のまはりも明るくて
 
   青じろい岩層も見えれば
 
   まっ黒な藻の群落も手にとるばかり
 
   いきなり崖のま下から
 
   一隻伝馬がすべってくる
 
   船長はぴたとラッパをとめ
 
   そこらの水はゆらゆらゆれて
 
   何かをかしな燐光を出し
 
   近づいて来る伝馬には
 
   木ぼりのやうな巨きな人が
 
   十人ちかく乗ってゐる
 
   ここまでわづか三十間を
 
   ひるもみんなで漕いだのだから
 
   夜もみんなで漕ぐのだとでも云ひさうに
 
   声をそろへて漕いでくる
 
   船長は手をそっちに出し
 
   うしろの部下はいつか二人になってゐる
 
   たちまち船は櫓をおさめ
 
   そこらの波をゆらゆら燃した
 
   たうたうこっちにつきあたる
 
   へさきの二人が両手を添へて
 
   鉛いろした樽を出す
 
   こっちは三人 それをかゝへて甲板にとり
 
   も一つそれをかゝえてとれば
 
   向ふの残りの九人の影は
 
   もうほんものの石彫のやう
 
   じっとうごかず座ってゐた
 
   どこを見るのかわからない
 
   船長は銀貨をわたし
 
   エンヂンはまたぽつぽつ云ふ
 
   沖はいちめんまっ白で
 
   シリウスの上では
 
   一つの氷雲がしづかに溶け
 
   水平線のま上では
 
   乱積雲の一むらが
 
   水の向ふのかなしみを
 
   わづかに甘く咀嚼する
 
 
 スタンレー(H.M .スタンリー(一八四一– 一九〇四)は、イギリス・ウェールズのジャーナリスト、探検家で、アフリカの探検および遭難したデイヴィッド・リヴィングストンを発見したことでも知られる。 
賢治が、このスタンレーの探険隊やアフリカにおける現地人との接触について知った出典としては、賢治が生まれた一八九六年(明治二九年)矢部新作訳『スタンレー探険実記 一名闇黒亜弗利加』(博文館,一八九六)がある、
 一五〇ページ、一五一ページには、探検隊のテントを囲んだ現地人が明け方前から、「どこに行くのか」、「外人をこの国では入れない」、「「敵である、帰れ」「殺されるぞ」と呼びかけるが、探検隊はその演説法に笑い声とともに応じ、現地人が逃げ去る様が、演劇の掛け合いのように、リズミカルでユーモラスに描かれる(注5)。
 賢治は、「スタンレー探険隊に対する二人のコンゴー土人の演説」として文語詩化した。 比べてみると、コンゴー人の発言部分は、矢部新作訳でもほぼ忠実に訳されている。 演劇を書き生徒たちに演じさせていた賢治がこの部分に惹かれたということは理解できる。 
 この船では海上の伝馬船から発動機船に荷を積み込む。荷はタコで、当時は羅賀が集積地だった。
 すべてが終わった後は、冬の星シリウスが光り、水平線の上には乱積雲が生まれている。乱積雲は、そこに発生している危険な天候を、素知らぬふりで揺れている。
 
 
  発動機船 三
   
 
   石油の青いけむりとながれる火花のしたで
 
   つめたくなめらかな月あかりの水をのぞみ
 
   ちかづく港の灯の明滅を見まもりながら
 
   みんなわくわくふるえてゐる
 
      ……水面にあがる冬のかげらふ……
 
   もゝ引ばきの船長も
 
   いまは鉛のラッパを吹かず
 
   青じろい章魚をいっぱい盛った
 
   樽の間につっ立って
 
   やっぱりがたがたふるえてゐる
 
   うしろになった魹の崎の燈台と
 
   左にめぐる山山を
 
   やゝ口まげてすがめにながめ
 
   やっぱりがたがたふるえてゐる
 
      ……ぼんやりけぶる十字航燈……

   あゝ冴えわたる星座や水や
 
   また寒冷な陸風や
 
   もう測候所の信号燈や
 
   町のうしろの低い丘丘も見えてきた
 
      羅賀で乗ったその外套を遁がすなよ
 
 
 「発動機船 三」では、船は大胆に岸辺に近づいてきた。陸には寒冷な陸風があり、 冷害を想像させる。「羅賀で乗ったその外套を遁がすなよ」という一つの空想が船上の物語を彩る。
 ひきつづき午前零時宮古港発の三陸汽船に乗り継ぎ、未明の海を「発動機船[断片]」に描写する。
 
三五一 発動機船[断片] 一九二五、一、八、
 
   水底の岩層も見え
 
   藻の群落も手にとるやうな
 
   アンデルゼンの月夜の海を
 
   船は真鍮のラッパを吹いて〔以下空白〕
 
  水底やアンデルセンを想起する月夜の海にふれ、船のラッパにも触れるが、そこで断筆している。
 
 「発動機船」の連作で、賢治が描こうとしたのは、なにか。変わらず描かれるのは船長の姿である。「発動機船第一」で「スタンレーの探険隊に/丘の上から演説した/二人のコンゴー土人のやう」と探検隊ではなく現地人に喩えたのは、賢治が船長をその地で生きるものの象徴として描くためではないだろうか。
 冷たい夜風に吹かれ、波を見つめ、淡々とタコを積み込み、見習い船員がタコの酢味噌を作っているのも日常を描くためであろう。
 明るい海と働く娘たち、娘たちの背後にある陸地で凶作、海上から変わって気候が詩の最後に不安を感じさせる。
 季節は全く違っているが、以前賢治学会の三陸海岸のツアーに参加した時、海上に浮かぶ雲を、「あれがヤマセです。」と教えていただいたことがある。ヤマセは寒い夏をもたらすものである。 この雲の描写をいれることで、この地にいつもある自然の脅威を詩の中に描きこんだのであろう。
 
 賢治は釜石までは行かずに山田港または大槌港で下船し、日中は海沿いを歩いてさらに南下する。この間「旅程幻想」が発想される。
 
 
三五六  旅程幻想 一九二五、一、八、
 
   
   さびしい不漁と旱害のあとを
 
   海に沿ふ
 
   いくつもの峠を越えたり
 
   萓の野原を通ったりして
 
   ひとりここまで来たのだけれども
 
   いまこの荒れた河原の砂の、
 
   うす陽のなかにまどろめば、
 
   肩またせなのうら寒く
 
   何か不安なこの感じは
 
   たしかしまひの硅板岩の峠の上で
 
   放牧用の木柵の
 
   楢の扉を開けたまゝ
 
   みちを急いだためらしく
 
   そこの光ってつめたいそらや
 
   やどり木のある栗の木なども眼にうかぶ
 
   その川上の幾重の雲と
 
   つめたい日射しの格子のなかで
 
   何か知らない巨きな鳥が
 
   かすかにごろごろ鳴いてゐる
 
 海沿いの陸上を歩くと、そこには干害の爪痕が見える。「肩またせなのうら寒く/ 何か不安なこの感じは」という詩句は「放牧用の木柵の/楢の扉を開けたまゝ/みちを急いだためらしく」という理由付けがされているが、自身の中にある不安を象徴するようにも思える。
 「ごろごろ」となく「何か知らない巨きな知らない鳥」も、不安が増長させる言葉である。
 単純に考えてひとり陸路を行く、ということは船に身を任せるのとは違って、不安なのではないか。加えて、陸地にはある干害のあとも賢治のなかの昨年からの消えない傷となっているのであろう。
 
 
三五八 峠  一九二五、一、九、
 
   
 
   あんまり眩ゆく山がまはりをうねるので
 
   ここらはまるで何か光機の焦点のやう
 
   蒼穹(あをぞら)ばかり、
 
   いよいよ暗く陥ち込んでゐる、
 
     (鉄鉱床のダイナマイトだ
 
      いまのあやしい呟きは!)
 
   冷たい風が、
 
   せはしく西から襲ふので
 
   白樺はみな、
 
   ねぢれた枝を東のそらの海の光へ伸ばし
 
   雪と露岩のけはしい二色の起伏のはてで
 
   二十世紀の太平洋が、
 
   青くなまめきけむってゐる
 
   黒い岬のこっちには
 
   釜石湾の一つぶ華奢なエメラルド
 
      ……そこでは叔父のこどもらが
 
        みなすくすくと育ってゐた……
 
   あたらしい風が翔ければ
 
   白樺の木は鋼のやうにりんりん鳴らす 
 
 八日夜は、釜石の叔父宮澤磯吉家に宿泊し、九日、釜石の鈴子駅から田中鉱山線に乗って、終点の大橋駅で下車。ここから徒歩で仙人峠を越え、仙人峠から岩手軽便鉄道に乗って花巻に帰る。 
 仙人峠から、釜石湾を望み「三五八 峠 」(一九二五、一、九、)が発想される。日差しのまぶしさの為に、空は青黒く見え、釜石の鉄掘削のダイナマイトが耳も刺激する。冷たい風の中、太平洋は豊かに「青くなまめきけむって」賢治の胸を躍らせる。
 遠望する釜石湾は、昨夜泊まった叔父の家の叔父と子どもたちの健やかな姿を思い、エメラルドのように尊く輝くのだ。
 風も、「白樺を海の光へ伸ば」す力として描かれ、「二十世紀の太平洋を指している」、という前向きな心情を表現する。
 そして白樺の枝は「りんりん」となる。そのR音で表されるオノマトペの響きは、賢治の心情のすべてを暗喩するように澄んでいる。
 
 他の作品への発展
1文語詩
 文語詩篇ノート三十一ページ、二〇一四(一九二五)年の一月の項に
一月九戸郡行
           安家
           寒キ宿ノ娘  豚ト、帳薄ニテ
           ノ面灯落チントス  濁ミ声ニテ罵レル  
           ナガ行く末思ヘバ心ハ暗シ
           暁早ク家族ヲ整ヘテ海辺ヲ急ギ来シ白キモンパノ家長
           モロモロノ   オ中ニ於テ[大姉→姉妹]ノ
            大戸    思ヲナセト
 
これは文語詩「〔鉛のいろの冬海の〕」の題材である。
 
   〔鉛のいろの冬海の〕(文語詩未定稿)   
 
   鉛のいろの冬海の
 
   荒き渚のあけがたを
 
   家長は白きもんぱして
 
   こらをはげまし急ぎくる
 
   
 
   ひとりのうなゐ黄の巾を
 
   うちかづけるが足いたみ
 
   やゝにおくるゝそのさまを
 
   おとめは立ちて迎へゐる
 
   
 
       南はるかに亘りつゝ
 
       氷霧にけぶる丘丘は
 
       こぞはひでりのうちつゞき
 
       たえて稔りのなかりしを
 
   
 
   日はなほ東海ばらや
 
   黒棚雲の下にして
 
   褐砂に凍てし船の列
 
   いまだに夜をゆめむらし
 
   
 
   鉛のいろの冬海の
 
   なぎさに子らをはげまして
 
   いそげる父の何やらん
 
   面にはてなきうれひあり
 
   
   あゝかのうれひけふにして
 
   晴れなんものにありもせば
 
   ことなきつねのまどひして
 
   こよひぞたのしからましを
 
 
「敗れし少年の歌へる」(文語詩未定稿)は「蒼穹への嫉妬」を下書き稿にしている。
 
 
  敗れし少年の歌へる
   
 
   ひかりわななくあけぞらに
 
   清麗サフィアのさまなして
 
   きみにたぐへるかの惑星ほしの
 
   いま融け行くぞかなしけれ
 
   
 
   雪をかぶれるびゃくしんや
 
   百の海岬いま明けて
 
   あをうなばらは万葉の
 
   古きしらべにひかれるを
 
   
 
   夜はあやしき積雲の
 
   なかより生れてかの星ぞ
 
   さながらきみのことばもて
 
   われをこととひ燃えけるを
 
   
 
   よきロダイトのさまなして
 
   ひかりわなゝくかのそらに
 
   溶け行くとしてひるがへる
 
   きみが星こそかなしけれ
 
2、「ポラーノの広場」
 この旅を反映した童話に「ポラーノの広場」がある。
 作品中、主人公キューストは「海産鳥類の卵採集の為」イーハトーヴオ海岸地方に二十八日間の出張を命ぜられ、「イーハトーヴォ海岸の一番北のサーモの町につき、その六十里の海岸を町から町へ、岬から岬へ、岩礁から岩礁へ、海藻を押葉にしたり、岩石の標本をとったり古い洞穴や模型的な地形を写真やスケッチにとったりそしてそれを次々に荷造りして役所へ送りながら二十幾日の間にだんだん南へ移」って行く。
   さらにキューストは船で「隣の県のシオーモ(塩釜)」の港まで行き、さらに「センダ―ド(仙台)の大学」まで行く。盛岡から汽車でいける海岸で「サーモ」は八戸の魹(さめ)港で、そこから六十里はほぼ八戸から牡鹿半島までに相当する。キューストは海岸の人達の温かい歓迎を受け、「わたくしは何べんも強く頭をふって、さあ、われわれはやらなければならないぞ、しっかりやるんだぞ」と心に誓う。
 キューストの役割のなかで「研究者」、「公務員」というプラスの面を描くこの章は、この海岸を実際に訪れた賢治にとっても美しく、また温かく豊かな想いを満たしてくれたことの裏付けであろう。
 
 「旅程幻想」詩群は、賢治の深い絶望から立ち直りまでを描く。
事実から逃れることなく心象を見つめていく中で、次第に立ち直る姿を描くのではないだろうか。
 要因として、土地が埋蔵する輝石、黙々と淡々と作業する船上の人々、単調な海のうねり、などの風景がある。また訪れた叔父の家も暖かく存在する。海や風の音も心を目覚めさせる。
 
 文語詩として書きなおしたことは、その時期が賢治にとって重要だったことを示す。また「少年小説」を意識して書かれた「ポラーノの広場」に組み込まれたことも同様な意味を持とう。
 旅から帰って賢治は、農業の実践への意欲を高めていく。実践に踏み出す次の段階として、「種山ヶ原」詩群の時代を経て、さらに新しい時代への意欲を持っていく。
 次章では種山詩群について検討したい。
 

1信時哲郎「鉄道ファン・宮沢賢治―大正期・岩手県の鉄道開業日と
 賢治の動向」 (「賢治研究九六」宮沢賢治研究会 二〇〇五、七)
2木村 東吉:『宮澤賢治 《春と修羅 第二集》研究』 
(渓水社,2000)
3加倉井厚夫HP賢治の事務所 
 「賢治の星の年譜「意図への出発」の創作」
4加倉井厚夫HP賢治の事務所 
 「賢治の星の年譜「暁穹への嫉妬」の創作)」
5『スタンレー探険実記 一名闇黒亜弗利加』(博文館,1896)
此朝暁方より凡そ三時間前に於て、舎営は土人の怒號と角笛の聲とに由て、一同平和の夢を攪破されたり。暫らくにして此聲は止めり。時に二人の土人、遙かの高所に在つて余等に對し、演説を始めたり、其聲明かに余等の耳に達せり。
第一人は曰く ― 外人共、外人共、何處へ行くのだ、何處へ行くのだ。
第二人は之れに應じて ― 何處へ行くのだ、何處へ行くのだ。
第一人 ― 此國は外人を容れない、外人を容れない。
第二人 ― 容れない、容れない、相違ない。
第一人 ― 一同皆汝等を敵とすべし。
第二人 ― 汝等を敵とすべし、帰れ帰れ。
第一人 ― 汝等は必ず殺さるべし。
第二人 ― 必ず殺さるべし、必ず。
第一人 ― ア、ア、ア、ア、ア―。
第二人 ― ア、ア、ア―。
第一人 ― ウ、ウ、ウ、ウ、ウ―。
第二人 ― ウ、ウ、ウ、ウ―。
此二人は實に能く調子を揃へて應演せり、此奇妙なる亜弗利加スタイルの演説法は、思はず、余等をして喝采せしめたり。次で諸方より一同に笑聲起れり、彼の演説者は此聲に驚きけん、匆々に逃げ去りぬ。
 







永野川2026年2月中旬
15日 
9:30〜12:30 晴 14℃
 数日前と比べると10℃くらい気温が上がり、歩きやすい日となりました。
 合流点に入って、まず驚いたのはオオバンでした。年1、それも1羽だけなのですが、さらに10メートルくらい先にもう1羽、2羽見たのは、初めてです。
 朝見たテレビの番組で、豊かな水量の川に10羽以上が群れていたのを思い出し、よくこのような水量の所に来てくれたものだ、すこし感激でした。潜水するのもやっと位の水量です。もしここで繁殖してくれたら嬉しい、新しい鳥種が増えるということは嬉しいことです。
 合流点の草むらにもウグイスが来ていて地鳴きをしていました。
 
 赤津川に入るとすぐ、オカヨシガモのペアに会いました。滝沢ハム池から移ってきたのでしょうか。
 川岸にコガモが18羽、ずらっと並んでいたのはひさしぶりで壮観でした。公園の池でも15羽、もう帰るので集まっているのでしょうか。
 大岩橋下の草むら、今日はカシラダカ2羽、ホオジロ5羽、シジュウカラ1羽、もっといるのですが確認できず、残念です。でも変わらず来ていることが確認でき嬉しいことでした。
 
 今日の大きなトピックス、ついにイカルが来ました。公園の大木に大きめの鳥の群れ、イカル9羽でした。まだ囀っていなくて、小さな声で囁くようでした。長くいてくれることを祈ります。今季もう一度くらいは会えるでしょうか。
 シメもあちこちから飛んできて4羽、まさに冬鳥最盛です。
 
 公園の池にもヒドリガモ60羽、こちらももしかして帰る準備でしょうか。
 ここにオカヨシガモの♂のみ2羽来たのも今季初です。
 カルガモも全部で60羽になりました。
 
 永野川は今渇水期に入っているのですが、浅瀬にキセキレイ、タヒバリ、イカルチドリ、と集まっていました。それとシロハラとみられる個体が1羽歩いていました。観察例はあるので、間違いでないことを祈ります。この頃鳥種を正確に理解できないのではないか不安です。シジュウカラとは違うカラ類の声と姿が枝の間から垣間見えました。シロハラも一瞬だったのであまり自信が持てません。もう一度見れば、というのがなかなか叶わないのが探鳥、頑張らなければなりません。
 高気温のせいか、外来特定生物のカメが甲羅干しを始めていて、こちらも問題です。
 公園の早咲きの紅梅が公園一面に香りを送ってくれました。
 
カワウ: 赤津川2羽、公園西池1羽、永野川睦橋付近1羽、計4羽。
カイツブリ: 合流点1羽、1羽、赤津川1羽、計3羽。
オオバン: 合流点2羽。
カルガモ:赤津川2羽、4羽、公園7羽、2羽、公園西池5羽、東池3羽、37羽、計60羽。
ヒドリガモ:公園西池55羽、東池5羽、計60羽。
コガモ:赤津川18羽、5羽、1羽、1羽、公園東池15羽、
 計40羽。 
オカヨシガモ:赤津川♂1、♀1 公園東池♂2羽、計4羽。
ダイサギ:合流点1羽、公園1羽、大砂橋付近1羽、
 永野川睦橋付近1羽、1羽、計5羽。
アオサギ:合流点1羽、赤津川1羽、公園1羽、1羽、公園西池1羽、 
 計5羽。
キジバト: 滝沢ハム林4羽。
イカルチドリ: 永野川二杉橋付近2羽。
トビ: 赤津川上空1羽。
モズ:滝沢ハム林1羽、大岩橋付近1羽、1羽、計3羽。
スズメ:公園川50+。
ムクドリ:滝沢ハム林5羽。
ハシボソカラス:合流点4羽、1羽、大岩橋付近13羽、計18羽。
ウグイス: 合流点1羽。
セグロセキレイ:合流点2羽、赤津川1羽、大砂橋付近1羽、
 永野川睦橋付近1羽、計5羽。
キセキレイ: 永野川二杉橋付近1羽。
タヒバリ: 永野川日田杉橋付近3羽。
カワラヒワ:公園15羽、滝沢ハム林2羽、3羽、公園4羽、
 計24羽。
シジュウカラ:滝沢ハム林1羽、大岩橋付近1羽、計2羽。
ツグミ: 赤津川1羽、滝沢ハム林1羽、計2羽。
ホオジロ:大岩橋河川敷2羽、2羽、1羽、計5羽。
カシラダカ: 大岩橋河川敷2羽。
イカル: 公園大木7羽、2羽、計9羽。
シメ:公園大木1羽、1羽、1羽、1羽、大岩橋河川敷1羽、計5羽。

 
 







永野川2026年2月上旬
6日 9:30〜12:00 薄曇 10℃

 日差しは少ないのですが、この気温は有り難いことで、体が自由に動く気がします。
 睦橋にでると、大小2羽の白いサギが目につきました。小型のほう嘴が黒く、大型の方大きな黄色の嘴、タイサギ、小さい方は飛び立った時の脚先は黄色、コサギでした。
 セグロセキレイが元気で、のちにキセキレイも1羽、細い綺麗な声で元気に動いていました。
 
 今日は久しぶりに出会った鳥たちがいます。
 まず二杉橋近くの中州で、チドリの声がしました。4羽いる中、3羽が鳴きながら一緒に動きまわっていました。時季が早いのかもしれないのですが、コチドリのように思えます。鳴き声、それから顔の黒い部分がはっきりしています。アイリングがはっきりつかめないのですが。その後も3羽は一緒に移動していて、残りの1羽とは動きも顔の模様も違っていました。
 コチドリは、いる時季が短くなかなか確認できないので、疑問はあっても嬉しいことでした。
 ミヤマホオジロも久しぶりでした。
大岩橋の下の河川敷の草むら、暖かかったのでいろいろな鳥が出てきてくれました。ホオジロの雌雄もここだけで8羽、いつも声ばかりでしたから嬉しかったのですが、草のトップに黄色が目に着く鳥3羽、ミヤマホオジロです。
 初めて見たのは2015年2月で、自信が持てなくて今は亡き野鳥の会のベテランさんにいろいろお聞きしたことを思い出します。公園のなかの河川敷にも、たくさんハリエンジュなどがあってその枝に来ていました。それらの木も伐採されて、もう来ないものと思っていたのですが、草むらになっても来てくれたのです。
 最近は2024年12月に大岩橋より少し上の河川敷の記録が残っています。
 周辺にはシメや、アオジ、カワラヒワ、マヒワなど、確認するのが忙しいくらい見え、幸せな時間でした。
 
 公園の大木にはシジュウカラ、コゲラ、ずっと動いていて、時折シメがやってきます。ツグミもスピードで飛んできて、また去っていきました。
カモたちが日ごとに少なくなる感がある中で、小鳥たちに囲まれる時間を過ごすことができました。好天と暖かさに感謝です。
 これを書いている1日置いた7日、気温は8度以上下がり、雪模様の空です。鳥たちはどうやって耐えているのでしょう。自然の中でうまく生きているのが野鳥なので単なる人間の気持ちですが、また元気な姿を見せてほしいものです。
 
カワウ: 公園西池1羽。
カイツブリ: 永野川睦橋付近1羽、公園西池1羽、合流点2羽、
 計4羽。
カルガモ:合流点3羽、公園池東1羽、西16羽、11羽、滝沢ハム池 
 2羽、赤津川6羽、7羽、2羽、計48羽。
ヒドリガモ:公園西池11羽、東池7羽、14羽、計32羽。
コガモ: 合流点2羽、赤津川3羽、計5羽。
オカヨシガモ:滝沢ハム池♂1、♀1 計2羽。
ダイサギ:永野川睦橋付近1羽、1羽、赤津川1羽、計3羽。
コサギ: 永野川睦橋付近1羽。
アオサギ:永野川睦橋付近1羽、合流点1羽、計2羽。
イカルチドリ: 永野川二杉橋付近1羽。
コチドリ: 永野川二杉橋付近3羽。
イソシギ:永野川睦橋付近1羽、 合流点1羽、計2羽。
モズ:大岩橋付近1羽1羽、赤津川1羽、計3羽。
コゲラ: 公園2羽。
スズメ:永野川睦橋付近10羽、合流点電線70羽、公園20羽、
 計100羽。
ムクドリ:赤津川2羽。
ハシボソカラス:永野川二杉橋付近2羽、公園3羽、計5羽。
ウグイス: 永野川睦橋付近中州の草むら1羽。
セグロセキレイ:永野川睦橋付近1羽3羽2羽1羽計7羽。
キセキレイ: 永野川睦橋付近1羽。
カワラヒワ:公園2羽1羽、00岩橋河川敷7羽、滝沢ハム林32羽、 
 計43羽。
マヒワ: 大岩橋河川敷1羽。
シジュウカラ:公園大木3羽。
エナガ: 大砂橋河川敷5羽。
ツグミ: 1羽2羽1羽、計4羽。
ホオジロ: 公園川草むら2羽、大岩橋河川敷3羽、5羽、計10羽。
ミヤマホオジロ: 大岩橋河川敷草むら3羽。
アオジ:、 大岩橋河川敷5羽。
シメ:大岩橋河川敷3羽、公園3羽計6羽

 







永野川2026年1月下旬
27日 9:30〜12:00  晴 5℃
 
 今季の心配は、昨年のようにカモ類が増えてこないことです。
 公園の調整池も、昨年は両方とも水面が見えない感じでした。オカヨシガモも多く、またトモエガモの♀やアメリカヒドリなど珍客さんも来ていたのです。
 ヒドリガモも、今日は西池14羽、東池22羽、他の場所ではめったに見えなくなりました。
 オカヨシガモも、滝沢ハムの池のみ、多い時で6羽でした。
 カルガモも今日は増えてきて60羽ですが、20羽そこそこの時もありました。
 
 冬本番ですが、風のない日は、いろいろ鳥も出てきます。
 赤津川の水田で、ノスリを久しぶりに見ました、田から飛び上がった猛禽、トビより小さく格好もソフトな感じ、電線に留まってくれて確認、ノスリでした。
 ケリも2羽、田で採餌していて、こちらは常連になってきました。
 赤津川でムクドリが25羽の群れを作って飛びました。
 公園の中や大岩橋の河川敷にたくさんの草地ができ、水辺の鳥は見えにくくなっています。
 草地から聞こえる小さな声は識別できず、いつも力不足を感じます。
 ここ2回ばかりアオジやホオジロ、カシラダカも上に出てきてくれましたし、単独でマヒワも見ることがありました。
 ツグミやシジュウカラ、コゲラ、シメも常連になりました。
 これからイカルに会えるように願っています。
 
カイツブリ: 合流点1羽、公園東池1羽、計2羽。
カルガモ:赤津川2羽、3羽、滝沢ハム池41羽、公園東池13羽、
 西池1羽、計60羽。
ヒドリガモ:公園西池14羽、東池22羽、計36羽。
コガモ: 赤津川23羽、公園東池4羽、計27羽。
オカヨシガモ:滝沢ハム池♂1、♀1 計2羽。
オナガガモ:合流点1羽。
ダイサギ:大砂橋付近1羽、公園1羽、永野川二杉橋付近1羽、1羽、 
 計4羽。
アオサギ:公園西池1羽、1羽、計2羽。
キジバト:赤津川1羽、滝沢ハム林5羽、計6羽。
ケリ:赤津川水田2羽。
イソシギ: 合流点1羽。
トビ: 大岩橋付近1羽。
ノスリ:赤津川、水田電柱1羽。
モズ:滝沢ハム林1羽。永野川睦橋付近1羽。
カワセミ: 永野川睦橋付近1羽。
スズメ:合流点50羽+、赤津川7羽、計50+、7羽。
ムクドリ:赤津川5羽、25羽、計30羽。
ハシブトカラス: 合流点1羽。
ヒヨドリ:赤津川1羽、7羽、滝沢ハム林5羽、10羽、計23羽。
ウグイス: 永野川睦橋付近中州の草むら1羽。
セグロセキレイ:合流点2羽、永野川睦橋付近2羽、1羽、計5羽。
ハクセキレイ: 赤津川1羽。
カワラヒワ:合流点2羽2羽、赤津川19羽、計23羽。
マヒワ: 公園1羽。
シジュウカラ:公園大木2羽。
ツグミ: 公園3羽、永野川二杉橋付近1羽、計4羽
ホオジロ: 大岩橋河川敷3羽。
アオジ: 大岩橋河川敷1羽。
シメ:大岩橋河川敷1羽、公園1羽、計2羽。

 
 







永野川2026年1月中旬
17日 
9:30〜12:00 晴10℃

 曇気味でしたが暖かでした。そのせいか、いつも見られない鳥たちとたくさん会いました。
 睦橋から永野川に出ると、まずセグロセキレイに混じってセキレイの細い声が響き1羽が飛び回っていました。
 この冬初めてカワウが水に潜っていましたが、水を払って飛び立ちました。その後公園の各池に1羽ずつ、こちらは両方とも婚姻色でした。
 上人橋下に、カルガモ27羽に混じってオナガガモが1羽、何年ぶりでしょうか。
 今年の特徴として、シメが多く活発です。公園の大木にも1羽止まっていましたが、大岩橋河川敷とその周辺で5羽は動いていました。
 大砂橋近くの林縁、道路の近くでカケスの声がして動いているようでした。そこに水田をはさんだ林から次々に7羽が飛び込みました。最後の1羽がしばらく樹木にとまっていてくれました。カケスの青模様が好きなので、何とか見たいと頑張りましたが、光線の加減で、細かいところまではよく見えず残念でした。
 公園の草むらでは。いつもながらたくさんの小さな声がして毎年の残念な想いです。少し時間を取ってみようかと、少し待つと草穂の上に緑の鳥、アオジの♂でした。その後4羽飛び出していきました。
 大岩橋の河川敷では鳥たちがたくさん動いていて、橋の上から、見ていると、アオジがまた2羽出てきて、その後、待ちに待った今季初カシラダカが3羽も一瞬ですが確認できました。
 合流点の堰ではイソシギガ動いていて、特徴ある声で鳴いて下流に飛び去りました。その後上流の赤津川でも一羽が鳴いて下っていきました。 
 帰り道、赤津川泉橋上で、独特の声で一瞬上空を見ると、やはりケリ3羽でした。美しい白い模様を見せて飛んでいました。いつも鳴きながら飛んでいる感じです。
 宮沢賢治の詩「白い鳥」(『春と修羅』)の「白い鳥」はやはりケリだったかもしれません。その意見を出してくれた方にお聞かせしたいと思います。
 今日は本当にいつもの冬が来てくれたな、と思い、天気と環境に感謝しました。
 
カワウ: 合流点1羽、公園東池1羽、西池1羽、計3羽。
カルガモ:合流点13羽、赤津川13羽、公園東池5羽、計31羽。
ヒドリガモ:公園東池9羽。
コガモ: 合流点2羽、公園東池5羽、西池5羽、赤津川2羽、1羽、
 計40羽。
オカヨシガモ:滝沢ハム池♂2羽、♀2羽、計4羽。
オナガガモ:合流点1羽。
ダイサギ:永野川睦橋付近1羽、合流点1羽、公園1羽、2羽、計5羽。
アオサギ:永野川睦橋付近1羽、赤津川1羽、計2羽。
イカルチドリ: 永野川二杉橋付近1羽、睦橋付近1羽、計2羽。
ケリ:赤津川泉橋上空3羽。
イソシギ: 合流点1羽、赤津川陶器瓦店付近1羽、計2羽。
モズ:公園1羽、赤津川1羽、計2羽。
 
コゲラ: 公園大木2羽。
スズメ:睦橋付近中州草むら50+、大岩橋河川敷50+、計100+。
ムクドリ: 公園9羽、赤津川1羽、計10羽。
ハシボソカラス:公園5羽。
カケス: 大砂橋付近7羽。
ヒヨドリ:公園6羽、赤津川5羽、計11羽。
ウグイス: 永野川上人橋付近1羽、公園1羽、計2羽。
セグロセキレイ:永野川睦橋付近1羽、2羽、3羽、公園1羽、赤津川1羽、
 計7羽。
ハクセキレイ: 永野川睦橋付近1羽。赤津川1羽、
キセキレイ: 永野川睦橋付近1羽。
カワラヒワ:永野川二杉橋付近5羽、7羽、大岩橋河川敷9羽、15羽、
 赤津川35羽、21羽計92羽。
シジュウカラ:公園大木4羽。
エナガ: 大砂橋河川敷4羽。
ツグミ: 公園エノキで2羽。赤津川田で1羽、計3羽。
アオジ: 公園草むらで4羽、大岩橋河川敷2羽、計6羽。
カシラダカ:大岩橋河川敷3羽。
シメ: 滝沢ハム付近9羽、公園エノキに2羽、計11羽。

 
 
 







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