雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2017/01/01 20:52:00|月参り
元旦 月参り            1月1日
新年のご挨拶は 喪中につき 寒中見舞いに代えさせていただきます。
本年もよろしくお願い致します。

今朝は7:50頃一人で遊覧道路に向かい、混み具合を確認したが、大曲駐車場の300m手前
からの渋滞。駐車する車は左側に寄り、空いた車線は謙信平への通過車線になっていた。
謙信平で車から降りて、榊の木をゲット。  富士山は霞んでいたがよく見えた。
六角堂からの下り道の左側にある益子味噌の工場が空き地に整理されていた。

10時に再度、弟の家族と4人で太平山に向かう。長男達もすぐ後から向かったようだ。
今朝と違い遊覧道路はだいぶ混んでいた。栃木カントリーのコースグリーンの処から渋滞
は始まっていた。12時10分前にやっと大曲駐車場に着き、太平山神社で月参りの白い幣束
を頂き、太平山神社本殿で祝詞をあげてもらい、お札を頂く。

家に帰ると長男達の方が先に帰っていた。3男も帰省していた。
弟達は父母を置いてきていたので、妹夫婦と息子達と挨拶しただけで直ぐに帰って行った。
妹が一晩かけて作ってくれたおせち料理を残った9人で囲みお正月気分を満喫。
ここ数日前から抗癌剤の薬の影響からか、味覚障害に悩まされていたが、ここにきて少し
ずつ改善されてきたみたい。
PM3:00前に3男を栃木駅まで送り、長男家族も帰って行った。

夕方次男の家族5人が遣って来ておせちを用意するも、我々は食欲がなく、孫達には喜んで
貰えたが、それでも半分以上は持ち帰ってもらう。

何とかおせち料理は片がついた。、残り物はまだ沢山あり母と2人で処分するのは大変だ。







2016/12/31 17:57:59|家族
本来なら退院予定日なのに・・・
今日は9時半に独協医科大学病院の駐車場で娘と待合せ。
本来なら抗癌治療の退院の日だったのに、ノロウイルス蔓延の為年末の
入院が延期になってしまった。
でも其のお陰で今日は孫の世話が出来た。半年以上遠ざかっていたので
言葉の成長が著しかったのに戸惑う。
一時間たっぷり遊んだところで仮退院の準備が整ったと電話が入った。
半年振りの孫とのご対面。やっぱり可愛い。
それにしても凄く色白な娘だ。
爺の顔を見るなり急に泣き出した。人見知りされたみたいだ。
「爺ちゃんも頑張るから、綾香も頑張ってね」 
弱気を吹っ飛ばす師走の風邪が頬を撫でた。

家に電話すると弟の嫁が電話に出て、昼を食べてから盛岡に帰ると云って
くれたので、急いで帰宅することにした。
留守中に長男が特製の手打ち蕎麦を届けてくれて、1時過ぎに弟達が帰る
と、4時頃妹夫婦が東京から車で正月料理持参で遣って来た。

有り難い。
母と不肖の息子は何もしなても、お正月を迎えられる。







2016/12/30 20:01:00|家族
年の瀬のミステリーツアー

昨日は長男が大きな御供え餅2つと野菜と蜜柑1箱を持ってきてくれ夕方盛岡から弟夫婦が犬一匹引き連れて帰省。暮らしくなってきた。

今朝はゆっくり朝食を愉しんだ後、10時から弟夫婦と軽くドライブ。母も参加させる予定だったが、10時から本年最後のヘルパーさんが来ることをすっかり忘れていた。まさかヘルパーさんの前で母を連れ出す訳にもいかず、母を残して3人と1匹で先ず太平山にむかった。
富士を見るのが目的だったが、富士山どころか新宿副都心やスカイツリーも見えて、二人は大喜び。ここからは観光ボランティア精神が盛り上り、奥の細道の途中で松尾芭蕉がわざわざ寄った大神神社の室の八嶋と昭和54年(1979年)からの発掘調査によって確認された国庁跡があり、現在宮野辺神社が祀られている正殿跡の南側に復元された前殿を見学。 こうなるとアクセル全開で円仁さんの大慈寺と村檜神社(国指定の重要文化財)を見学の後、真田丸で一躍有名になった犬伏(薬師堂)の別れを案内。
前回母を案内した時と同じように、此処まで来たら佐野ラーメンを食べて貰おうと田沼のおぐらやを目指した。でも本日は年末休みでアウト。折角来たので赤見温泉・出流原弁天池湧水に案内。ここは高原山麓の尚仁沢湧水と共に、栃木県で2つ選ばれた日本名水百選の一つ。佐野ラーメンの上手さはこの湧水に負う所大である。結局293号線沿いの池田屋で30分待ちでやっと昼食にありつけた。

ここで終わりの筈だったが、帰り道の皆川城跡を見た弟が、「素晴らしい城跡だね」の一言から、「実は皆川城が秀吉によって落城した後、皆川広照は家康の加護を受け、栃木市内に新たに城を築城し、その城址公園が残っている」と話すと、「行こう」と大乗り気。歌麿の「雪」「月」「花」で名を馳せた定願寺に寄り第2代横綱(綾川五郎次)の墓に案内。それから栃木城址公園に向かう。
公園脇の昔の風情が残る武家屋敷といい、子供の頃地元に住んでいながら、全く知らない世界があったんだねと一言。弟にとって意外な地元(故郷)発見だったみたいだ。

家に帰り神棚と仏壇の掃除をしようとしうたら古河の弟も遣って来た。秋保の「主婦の店さいち」で売られている大人気の「おはぎ」のお土産持参。本人は名物おはぎをご存知ない様子で、我々の喜びように、ビックリしていた。







2016/12/28 9:44:56|癌との共存
単に入院が延期と思っていたのに・・・?
単に入院が9日延期になった位にしか考えていなかったが、家に帰って
カレンダーに書かれた来年の予定表を確認してみると、予定が入院んと
ぶつかってしまう日があることに気付かされた。
入院が最優先だから原則として予定変更をお願いするしかないが、1月
20日の大学時代の同級生グループの同窓会は一筋縄ではいかない。
そもそも今回の同窓会は小生の病気を励ます会として少人数参加で企画
されたもの。
石川県の小松や三重県の四日市、浜松や熱海など、遠方からの参加者も
多く、個人の都合もあり日時の変更もままならない御仁もいる。
ここだけは大学病院に折れて貰うしかあるまいと決意。1月19日から23
日迄の入院を1月24日から28日に代えて貰う事を電話で申し入れた。







2016/12/27 15:12:00|癌との共存
病院からノロウイルスの蔓延で入院を拒絶???
入院の手続きも、前回分の支払い(第三土曜日の為会計休み)も何もしないまま
第一外科外来病棟に行くと、待合室は空き椅子が全く無い程混んでいた。

このままでは大分待たされる事になると覚悟した。待ってる間に入退院の手続
きが出来るのにと思ったが、その前にここに呼出されるのには何か理由がある
だろうと、疑わざるを得なかった。

少し待たされたが、割込みで井原医師の診察室に通された。
「第一外科の入院病棟でノロウイルスの感染が確認され、抗癌治療中の患者さ
ん等抵抗力が弱い患者さんの入院を延期せざるを得なくなりました。今朝、
決まった事なので誠に申し訳ありません」と報告あり。

この結果、年内の入院は無くなり、年が明けた5日(木)から10日(月)に変更。
入院受付の前にここに来た理由がやっと判明。
でも帰りの送迎は?と 急に頭を悩ませた。

幸いSEO君に連絡すると、一つ返事のOKが出て大助かり。
時間の都合で眼科の診察の手続きをキャンセルし、途中で昼食を取り帰宅。

年末年始の計画が大幅に狂ったが、でも之もまたこれで善し!