雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2017/08/24 12:44:00|癌との共存
経験
22日11時過ぎに、家に着くと母と弟とヘルパーさんが迎えてくれた。
朝食べたサンドウィッチで本来なら元気になってる筈なのに、荷物を持って
家の中に入るのがかなり辛かった。テ―ブルに辿り着くと、へたり込んだ。

「兄貴は下痢に負けている。無理しても食べなくっちゃ」と弟に散々腐された。
本気になって心配してくれてる弟の気持ちは解るが、食べれば直ぐ下痢してしまう
現状において、食べようとする気は全く沸いてこなかった。

昼前に二階の寝室に潜り込んだ。外気は35℃を超えていて扇風機の風を最強にして
ベッドの上で休んだが、30分も経たずに本日最初の下痢が始まった。
トイレの中で額に脂汗が滲み、ベッドに戻ると体中から滲んできた。
堪らず北西のクーラーの利いた小部屋に移動。室温を26℃にした。
結局夕方までに10数回トイレを往復。これで11日連続ゲリラ攻撃を受けた。
3時頃、お腹の催しでトイレに行こうと部屋の戸を開けると、モヤモヤとした外気に
思わず頭がクラクラした瞬間に膝が崩れて廊下に倒れ込んた。直ぐに意識は戻った。
幸い頭を打つこともなく外傷は何もなく、意識も直ぐ戻ったのでトイレに駆け込み、
便座にへたり込んだ。5分位心拍の落着くのを待つも尻から下痢水は出なかった。

夜湯舟で半身浴をした後、体重計に乗ると、何と61s。8月1日より10s減。
これがダイエットの効果ならありがたいことながら・・・忌々しいゲリラ目!?







2017/08/23 16:13:11|癌との共存
21日入院、翌日退院i
新しい抗がん剤治療になって2度目の入院。
下痢が続くこと10日目で体重も7s減。
病院の入院カウンター迄荷物を運ぶのも辛い。

フラフラする状態で遣って来たので忘れ物も多い。
まず入院誓約書を忘れ、支払誓約書も忘れた。
入院誓約書は次回入院の時持参で免れ、高額医療限度額適用認定証が7/31で
切れてしまい前回退院時は未払いながら確か概算請求額は確か14万円弱。
病院側の計らいで支払誓約書無しでも許可して貰い今回支払額は4,7万円弱。
10万円弱が減免で年金生活者にとっては非常に助かる。

7階北病棟迄登るのもつらかった。Dルームの体重計で体重を計ると63.77s。
主治医のSID先生と話をし副作用の現況を話すと、抗がん知慮は今回休止し
ましょう。点滴だけして明日退院していいとの返事。 翌朝の体重は63.22s。

今朝水をコップ1杯飲んだだけで、病院食も昼夜辞退したので胃の中は空っぽ。
9時まで4時間点滴を受け、他に採決採尿の他、何の治療も無く一夜を過した。
オシッコの回数は、小1大1。大は点滴の水分が後から水で出たもの・・・

20日に食パン1枚を食べただけだったが、朝食はローソンのミックスサンド
をホットミルク珈琲と一緒に食べた。好物なのに全くおいしくない。
SEO君は予定が変更になっても朝10時に迎えに来てくれた。
フロントまで歩くのがかなりしんどかったが、家に着くとほっとした。







2017/08/20 21:56:02|響きの森
響の森の稲門懐メロバンド

17日に病院に行き、下痢は少し治まったと思いきや、翌日、コーンスープやレモンティ等、水分しか取らないのに、夜にはまたゲリラが復活してしまった。19日の朝少しパンを食べたが、これも昼には流れてしまった。

こんな訳で、20日の稲門懐メロバンドは演奏不能と諦めかけたが、OHK君とARAさんが居れば、小生が不参加でも、13日に参加を許諾したYAM先輩と3人でやれるだろうと、諦めてはいなかった。
だから3人には当日まで何の連絡もしていなかった。

今朝、起きるとまだ下痢は続いていた。でも回復の兆しを感じた。SEO君に電話し車の運転を依頼、快く引き受けてもらった。10時半前にARAさんが見え、OHK君の家に寄り、響きの森へ。

会場で理由を話し、演奏参加を断るが、断り切れず・・・
その結果写真の如し。ロックのKOIさんも飛び入り参加。
演奏曲は「くちなしの花」「別れの一本杉」「北の旅人」
「みだれ髪」「哀愁の街に切りが降る」「いつでも夢を」

思っていた通り、4曲目の「みだれ髪」の前奏が始まると、聴衆の目と耳はARAさんのギターの音色に釘付け。
これだけは何としても今回の演奏で聴かせたかった。
体調不良でも、参加を諦めなかった我が意が稔った。

演奏後はNAGさん企画の料理が食べ放題飲み放題。しかしながら、食べられない小生は後ろ髪惹かれながら退散。

今日はお世話になったみんなに感謝! 感謝!







2017/08/20 20:40:00|癌との共存
医師の忠告
16日、午後に帰って行った弟夫婦を、見送る事も出来ずベッドに倒れていた俺だが
、夜8時過ぎに無事盛岡に着いたかの確認の電話を入れた。
その時泌尿器科医の弟の忠告は、「その体、その体力では21日からの入院抗癌治療に
は耐えられないぞ」の一言だった。

17日の朝、独協医大病院に電話を入れ、状況を話すと、担当医師は不在ながら11時
に外来で通常の病院のカード受付でなく2番受付に行き、第一外科にと指令を受けた。
車を運転するのも億劫だったが、検査にどれだけ時間が架るか分らず1人で出掛けた。
採決、採尿、レントゲン検査の後、診て貰ったのは若い医師だったが、5日間の下痢
についても特に異常はなしと言われた。但し脱水状態の心配があり、500mlの生理食
塩水の点滴を進められ、約2時間外来の病床に横たわった。

下痢止めの薬を貰い、帰宅すると気分的に楽になったが、下痢は結局止らなかった。

今月1ヶ月で体重は7s減の63s。これがダイエットなら大喜びなのに・・・







2017/08/19 18:47:31|法事と月命日
送り盆               8月16日
今年のお盆は親戚回りもできず、家から一歩も出られず最悪だった。
14日は妻の兄弟関係が3人来てくれたが、その応対をするのがやっと。
盛岡から弟夫婦も2泊3日で来てくれたが、滞在中は唯々世話になるばかり。
15日は長女と次男が孫二人を連れて来てくれても、母も愚息も動けず仕舞い。
16日の送り盆は長男にすべてを任せっきり。兄弟と子供に世話になりっぱなし。

結局12日から続いた下痢は5日間治まる事はなかった。