雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2016/08/08 0:36:54|その他
寝不足が続きそう 
昨日から夏の甲子園も始まり、深夜のオリンピックとスポーツから
目が離せない。睡眠不足の日々が続きそうだ。







2016/08/07 11:38:00|観光ボランティア協会
夏フェス              8月7日
例年だと、土曜日曜と2日連荘のサマーフェスタが今年は7日(日)一日
だけに凝縮された。
夜は19:00から 港町自治会による百八灯流しが行われ、19:40から
蔵の街大通りで蔵音頭を中心の夏フェスタ。
今回は7月中の踊りの練習に一度も参加できなかったが、ぶっつけ本番
で観光ボランティア協会の踊りの輪の中に飛び込む積り。

リオオリンピックが始まり、注目の膵炎最初の決勝種目、男子400m個人
メドレーでは夢のワンツーフィニッシュはならずとも、メルボルン大会
以来の金と銅の同時表彰。柔道の軽量級は銅メダル2つ、女子重量挙げも
銅と昨夜からTVを見続けてしまう始末。







2016/08/06 23:01:02|癌との共存
もっと続けたかった 歌麿夢芝居稽古 
午後1時から4コミの2回会議室で歌麿夢芝居の稽古に参加。今回から
イーさんに代役を代わって貰う事になったが、違和感なく直ぐに溶け
込んでいた。今日は子供達の参加が5人と半分程だったので、賑やかさ
に欠けたが、ほぼ通しで幕間もつながった。

夕方ARAさんが薗部に来てくれて2人してじょりんぼのHOSさんの所に
出向き9月16日の敬老会のギター出演の打合せ。今後はHOSさんとARA
さんで直接向き合って貰うことになり、また一つ肩の荷が下りた。

午前中長男が来てくれて、夕方も身の回りや下着パジャマの用意を
届けてくれた。







2016/08/06 9:15:12|その他
リオ オリンピック開会式
8月6日朝、NHKTVのLIVEでリオデジャネイロ・オリンピック
の開会式の模様が放送されていた。8月5日がオリンピック開会式だが
12時間の時差の関係で日本時間では8月6日朝になる。日本で8月6日と
云えば71年前に広島に原子爆弾が投下された日。
平和なオリンピックと悲惨な原爆記念日が重なる事に違和感を覚えた。







2016/08/06 5:18:45|その他
一番好きなビデオドラマ 「その日のまえに」
2014年にNHKBSで放映されたプレミアムドラマ「その日のまえに」
は俺にとって一番大好きなドラマだ。3月23日(日)30日(日)其々50分で
前後編で放送され、檀れいと佐々木藏之介が主演だった。
その前に2007年にラジオドラマ化、2008年に映画化されていたようだが
偶然観たTVドラマが自分の心の琴線に清々しく吸い込まれていった。

このドラマの檀れいは美化し過ぎかもしれないが、正子そのものだった。
彼女の扮する平凡な主婦がある日突然膵臓癌で余命一年と宣告された。

妻が逝ったのは50代前半だったが、檀れい扮する主人公はそれより10才
いや15才も若かったのかもしれない。2人の息子は小中学生だった。
「なんでママだったんだろう。長生きしている人は沢山いるのに、なんで
ママなんだよ。僕はずっつと以前からママが死ぬのは解っていたよ」と
話す幼い子供の言葉が胸を突き刺した。「でもね、これが人生なんだよ」
と諭す佐々木藏之介扮する父親の言葉が自棄に遣る瀬無かった。

檀れい に抑々好感を持っていた事もあったが、演じる彼女の思考が常に
前向きでプラス思考なのが亡妻に重なって、愛おしく懐かしくもあった。

我が妻もまさに宣告された余命を振り払い、癌に対し「直そうとする意志
を強く露わにし、常に前向きに戦う姿勢を崩さなかった。

或る時、子供と病室の外で妻の癌について悲観的な話を話していたら、
「私は直そうとして頑張っているんだから、悲しむような話はやめてよ」
と強く窘められた。

正にその言葉は腹を痛めて子供を産んだ母親の生きようとする強い心に
他ならなかった。

我が家の場合、幸いにも子供たちが成人していたので、其々に救われた。

妻が近々検査入院するかもしれないと云っていた矢先、急に変調をきたし
救急車で寺©自医科大学病院に運ばれ、それまで妻の病の事を何も知らな
かったが、医師から「多発性骨髄腫」で余命2年半と宣告を受けた。

頭が真っ白になり、病院からの帰り道、余命宣告の悲しみを抑えきれずに
いると、娘が「おとうさん。何かな死んでいるの。お母さんはまだ、生き
ていけるのよ。事故や病で急死する事を思えば、まだ生きられるんだから
その時間を大切にしてあげたらいいでしょう」と諭された。

その言葉が支えになり、残された時間を悔い無く過ごし、4年以上も2人の
想い出を創れたことが今にして思えば最大の幸せだった。

そんな想い出を振り替えさせてくれたドラマだ。