イエスは、不正な管理人の抜けめなさの例え話を用いて、弟子たちに注意を与えました。 あなた方は、不正な管理人の抜け目なさがわかりましたか。 永遠の住まいに入るために、神からのものであろうと、この世のものであろうと、忠実に用いて、自分のために友を作りなさい。
しかし、この話をパリサイ人が聞いていて、イエスをあざ笑う。 それで、イエスはパリサイ人に向かって警告を与えます。 ルカによる福音書 16章です。
(金の好きなパリサイ人たちが、話を聞いていて、イエスをあざ笑っていた。)14節
(イエスは言います。人間の間であがめられる者は、神の前で憎まれ、きらわれます。)15節
(だれもかれも、無理にでも、神の国にはいろうとしています。)16節 (律法の一画が落ちるよりも、天地の滅びるほうがやさしいのです。)17節 (妻と離婚して他の女と結婚する者、離婚した女と結婚する者は姦淫を犯す者です。)18節
(私が持つ聖書の補足欄から) 15節、 神は、あなたがたの心をご存じです : 神の判定基準は人のそれと違って心であり(使徒15:8)信仰生活の正否と明暗を分けるものも、その人の心である。
16節、 だれもかれも、無理にでも、これにはいろうとしています : 人種や民族の差別なく、誰でも熱心に求道する者が神の国に入れる福音の時代が到来した。
17節、 一画 : (マタイ5:18補足欄)最小のヘブル語文字コード、ヘブル語文字の小突起や小さな鉤のこと。その小さな差で全く別の文字になる。 旧約が全部成就することを強調する。
18節 参照(マタイ19:10補足欄)結婚しないほうがましです : キリストが妻を離別できると教えたのは 「不貞」 に限られると教えたことで、弟子たちはしりごみする。
それに対して、キリストは、より深い意味で、結婚しないほうが良い場合を示される。 (1) 生まれつきの性的不能者 (2) 去勢などで性的不能者にさせられた者 (3) 専心神に仕えることを願っている者(独身は一つの選択肢として認められている。
(私の思索) 15節、 「人間の間であがめられる者は、神の前で憎まれ、きらわれます。」とは何故か。 「神が愛したいと思う対象から遠い」という事のような感じを受ける。
「旧約聖書全体が伝えていて、あがめられるべきお方は、主ご自身であるはずだから、主以外の存在であがめられるような者は、神が愛したいと思う対象からは遠くなる。 即ち、嫌われる。 パリサイ人のように、他の存在をあざ笑うような者は、自分を相対的に高くしているので、神の前で憎まれ、嫌われます。」 という事であろう。
16〜18節を補足欄の内容と私の推理を含めて読んでみた。
「人種や民族の差別なく、誰でも熱心に求道する者が神の国に入れる福音の時代が到来した。 しかし、旧約の律法全体が、本質的に成就するのです。 律法に反する者は、神の国に入れないないのです。
だから、自分の性的欲望を満足させるために姦淫する者はもちろん罪を犯しているのです。 それだけでなく、18節以外の理由で離婚して、別の女と結婚する者や、離婚した女と結婚する者も姦淫と同じようにみなされます。
あなた方パリサイ人は、自分の妻が気に入らなければ、離婚したのちに気に入った女と結婚すれば、不貞の罪に問われないと考えていませんか。 神は、あなたがたの心をご存じです。」 と言っているように思えてきた。
内容から観ると、何の関連もなさそうなことが並んでいる。
イエスの言葉に、一つのストーリーがあるはずだと思いながら、その意味を捉えたいと考えた結果です。 「神は、あなたがたの心をご存じです。」 という言葉と、あざ笑うパリサイ人に向けられた言葉である事を基に、思い巡らした結果です。
聖書を自分の都合に合わせて読むのはよくありませんが、全ての言葉が関連しているはずです。
(私の脳裏をかすめる言葉) そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』 これがたいせつな第一の戒めです。 『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。 律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」 マタイ22章37〜39節
(私の感想) パリサイ人への批判および女性の立場が弱かった当時の様子が現われている事を別にしても、夫婦が心を一つにして、互いに尊敬しあい助け合うべきことを要求しているのだろう。 読み方が難しい部分だ。 信仰の先輩に確認する必要があるだろう。
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