花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2022/01/02 12:59:22|その他
蕃山翁と正造翁 二人の想い
 真の文明ハ山を荒らさず
川を荒らさず、村を破らず、
人を殺さヾるべし。
 
 田中正造、1912年(明治45)
6月17日の日記です。
 
 1909年(明治42)12月19日の
日記には、国家のため、国家のためと
唱へて、山林を盗ミ、山を盗ミ、
洪水を出し、村を流し、村を潰し、
古ニなき大毒海の如きを造り、以て
窮民を造り多く人を殺す。国家のため
とハ何を。
 
 一方、熊沢蕃山は1686年(貞享3)ごろ、
「大学或問」を著し、山川は国の本なり。
近年山荒川浅くなれり。是国の大荒なり。略、
仁政にては百年の間には本の山川に帰るべし。
 
里便り2012年10月5日再掲。
 
 







2022/01/01 12:47:17|その他
今年もヨロシク
 かつて共に過ごした雪国の人々の
苦労を偲びつつ、関東は冬晴れ、空気が
澄み、富士山が遠望出来る季節になりました。
 
 明けましておめでとうございます。
 
 花ど真ん中の里近くに住んでいた
田中正造翁も富士山を愛していました。
妹リンに負けないような記憶力を富士の
山に願い、それでいて、富士山の麓近くまで
行きながら、登らず〜。
 
 妹リンに貰った旅費で本を買い、稚気愛すべし
正造翁と縁浅からぬ熊沢蕃山を主人公に、お便り
します。今年もよろしくお願いします。喝
 
 







2021/12/31 12:35:05|その他
ヨイオトシを!
 2021年は、田中正造で明けました。
生誕、120年、直訴、80年。そのまま
暮れると思いきや?
 
 栃木足利高OB、室田武さんが、隣の
古河藩に幽閉された熊沢蕃山と田中正造、
二人の共通点を指摘されていました。
 
 「治山、治水、環境問題という観点から
みた場合に、実は濃く共通したところが
あります」メカラウロコ!
 
 しかも室田さんは、最後に亡くなった場所が
古河と谷中村という関係も興味深い歴史の
偶然とも〜」ここまで二人の縁を強調。感動。
 
 おかげさまで、2021年後半は、熊沢蕃山も
加わり、新年への思いがフクラミマシタ。喝
 
 良いお年を。
 
 
 







2021/12/30 13:23:06|その他
マイ「蕃山」登頂記 道半ば
 田中正造に大きな影響を与えた
人物の一人に熊沢蕃山がいます。
  (2012年9月26日里便り)
 
蕃山曰く、  
〇衆議を集ムレバ賢人ノ知識を得。
治水論
〇蕃山ハ民意ヲ取ル。
○沿岸の苦情ニ心ヲ尽ス。
○水を知らざるものハ人ニあらず。
 
 マイ「蕃山」登頂記、今年は道半ば、
麓でウロウロしています。
 
 気候変動、地球環境、現代エコロジーの
先駆者二人、熊沢蕃山、田中正造について、
興味或或、新年もお便りします。喝
 
 
 







2021/12/29 12:18:00|その他
マイ「蕃山」登頂記 原点君の名は
 「朝顔日記」は、蕃山先生を
モデルにした、歌舞伎浄瑠璃で、
江戸時代の恋愛もの、今の(当時)
「君の名は」美しい男女がすれ違い、
すれ違い〜。
 
 2001年4月、地元の川島健三郎さんが
書いた情報を検索すると、講談の読みもの
にも〜全5編。
 
 講談師、一龍齋春水の部屋。
朝顔日記「八十次郎と深雪の出会い」
宮城八十次郎(後の熊沢蕃山)家老の
娘深雪が蛍狩りで出会い、そして〜。
 
 朝顔日記「蕃山の諫言」
宮城八十次郎が熊沢次郎左衛門と名前を
改名、主君を諫言する。諫言に五つあり、
その話蕃山ヒッパリだこを次に〜。喝