花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2012/05/15 7:10:02|その他
正造のチョンマゲ
 
 田中正造の銅像が、佐野市郷土博物館
前庭に建っています。

 例の一億円、ふるさと創生事業で、
創造?創像?した郷土の偉人、正造翁です。
ホント?は、駅前に設置されるハズでした。
 
 正造研究のメッカ、正造大学のHPに
正造のチョンマゲ姿は、事実と異なる、
直せ、文句アリです。

 爾後(じご)、羹(あつもの)に懲りた
役場職員は、来年没後百年の記念事業に
正造膾(なます)をフイテイマス。
いい例が、この秋出る正造マンガの本作り。
詳しい情報が入り次第、お便りします。マタオイデ。







2012/05/14 7:16:48|その他
反骨の人

 あらそはぬ風に柳の糸にこそ
堪忍袋縫うべかりけれ 狂歌堂(当用日記)

 正造が答え。
 アラソワヌ無気力社会多ケレバ柳の糸に
縊死するなり 

 争へよ国のためにハ争へよ 只争へを真心にして 
 第11議会解散の日に、争へや紙帳の中で夫婦の屁

 何日(イツ)ニテモ時キハ五月の民ヲシレ
此心ハ天下泰平ナリ。(正造全集第十巻)
 注、争へは争いか。マタオイデ。








2012/05/13 7:44:42|その他
正造の母

 「村の人が見ているよ!」
母の声を聞くと、正造に名主の子の
意識が戻り、ワルサを止めました。

 弱いものをイジメテ、夜、母に、
外へ放り出されたこともあります。

 他人が見ている、見られている、
芝居がかった彼の言動は、幼児体験から
生まれています。「エエカッコシ!」です。

 「予は下野の百姓なり」
母の声に応え、正造はその役を
演じました。マタオイデ。

 







2012/05/12 7:36:17|その他
正造のツイッター

 正造は、思い立つと矢立を取り出し、
思ったことをハガキにしたため、投函しました。

 正造研究者が、彼は、自ら提唱する手紙運動の
実践者、一日に、十数通、時には、同じ相手に、
二伸、三振?!と話しています。

 当時の郵便配達夫さん!正造が、大変、
お世話になりました。

 おかげさまで、正造の心情を伝える書簡が、
今に、残されました。それにしても、正造には
ツイッターを使って貰いたかった!?マタオイデ。







2012/05/11 7:37:10|その他
闘いの愛

 正造が書いた「愛」の一文字は、
彼が生まれた佐野市の郷土博物館の
パンフレットに説明があります。

 明治33年(1900年)官憲の不当弾圧
「川俣事件」でけがをした農家の人に、ケガを
証拠として残すよう説得した手紙の中に
「愛」と書いた半紙が、同封されていました。

 毒流すわるさやめすハ我止ます
渡らせ利ねニ血を流すとも(写真)
ケガをした農家の人へ、義兄と書いて
おくった正造の決意です。

 「愛」と歌の内容は、正造の非暴力と、
結びつきませんが、川俣事件をきっかけに
正造が好んで「愛」と書くようになり、この一文字が、
正造の生涯を貫きました。マタオイデ。








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