花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2012/07/27 7:17:36|その他
お金

 田中正造サンの生家へ行くと
「しょうぞうくん」を描いた小石が
ありました。

「お金にならないか!?」 持ち込まれた
試作品でした。

 谷中より正造の手紙に
「日当無賃ニて動くものなし。
之れ社会上の義務と権利をしらず」

 これってボランティア!?
正造サン!そんなこと言って
ダメですよ!デハ。








2012/07/26 6:38:56|その他
公衆

 つい最近まで、街角で
見かけました。曰く公衆電話、
公衆トイレetc。

 郵便局は昭和40年(1965年)
公衆室(以前は公衆控所)を
お客様ルームに名を改めました。
民営化のハシリです。

 田中正造サンは公衆時代の
郵便を「今日東京明日何処」
無野心生と称し、利用していました。

 全集20巻のうち6巻が、彼の
書簡集です。郵便配達、ご苦労様、デハ。








2012/07/25 7:34:00|その他
事始

 田中正造サンは、明治37年(1904年)
日露開戦の年、谷中村に入ります。

 ここから投函した手紙で、鉱毒問題が
村民の間で、水害、洪水問題にすり変わって
いると驚き、これを伝えています。

 その前年、当時の逓信大臣が、郵便事業の
接客心得を訓示しました。

 曰く、郵便窓口での飲食、喫煙制限、
逓送集配人の服装、さらに郵便函のメンテ
18項目に及んでいます。正造サンと郵便、デハ。
「参考文献」栃木県郵便史、塚田保美著
       田中正造選集D谷中廃村








2012/07/24 7:46:37|その他
日暮れて

 夏休み、巡回ラジオ体操は
盛んでしょうか、お伺いします。

 田中正造サンの手紙運動で、
栃木県郵便史をめくっていたら、
ラジオ体操の記述がありました。

 ラジオ体操を始めたのは、
当時の逓信省、再認識しました。

 
 肝心の話は、谷中村の入り口で
ウロウロしています。デハ。
 
 







2012/07/23 7:32:11|その他
戻り梅雨

 隣の群馬県館林にある
田中正造記念館へ、涼しさに
誘われ、出かけました。

 谷中廃村は、買収に応じた
不在地主が多かったこと
集まる人の羽織袴姿に田中さんが
注文をつけたことetc。

 話や手紙、史料に直接触れ、
勉強になりました。

 日本一の暑さも話題の一つです。
これは、東北自動車道原因説でした。
              デハ。







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