花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2012/08/01 7:16:09|その他
タヌキ

 この夏、空中スイカで、
一山当てようとネライマシタ。

 フエンスにスイカ百個、ぶら下げて
通る人が、珍しいと見に来て、一個
百円で売ってー

 天我に味方せず、アア、

 兎角、農業は難しい、
タラレバ、皮算用、亦来年、デハ。







2012/07/31 7:44:36|その他
旗色不明

 明治時代、田中正造サンが
栃木県庁移転に、ドウ関ったか、
調べています。

 相手は三島県令、田中さんは、
当然、反対しただろう?でした。

 答えは、田中正造昔話にありました。
栃木町民が暴吏の命令に屈せず、猛反対
したことがー。

 デモ、田中さんが、その先頭に立ったのか、
サポート役に徹したのか、まだワカリマセン!デハ。
 







2012/07/30 7:32:55|その他
サクイ

 地元夏祭りで、留守居役を
仰せつかりました。

 相方は、前自治会長、寺の
住職の二人でした。

 楽しみが、二つありました。
一つ、昼寝昼酒、
一つ、祭りのご馳走をパックに
詰めて、持ち帰ったこと。

 もう一つ、渡された酒肴料から、
弁当代名目で千円頂いたこと、
 村の初めての経験でした。デハ。








2012/07/29 7:04:34|その他
郵便語

 「アナタ」
「ヨロシュウゴザイマス」
「イケマセヌ」

 公衆に接する対応心得、逓信大臣訓示
(明治36年、1903年)言葉遣いの例文です。

 公衆という言葉は、不適切として
昭和40年、お客様に、郵便役所の名前は
すぐに郵便局になりました。

 指導内容は、現在に共通すると
栃木県郵便史著者の塚田保美さんは、
書いています。デハ。







2012/07/28 7:43:19|その他
郵便舟

 谷中村は水の都、水村でした。
今も水塚と呼ばれた家屋敷跡の
高台が遺っています。

 渡良瀬川が氾濫し、大水が出ると
村民は自家用小船で、村の中を往き来
しました。

 と、言うコトは、郵便集配も、
♪エーギッチラコーギッチラコ、
徒歩から舟でー正造サンが待っている!

 村の強制破壊がなければー
目を瞑るとのどかな谷中村が
浮かびます。デハ。








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