花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2012/10/09 6:24:26|その他
一日一館

 去年暮れ、渡良瀬川で、田中正造に出会ってから、
流域各地の図書館回りを続けています。

 図書館や図書室には、郷土資料室やコーナーが
あって、貴重な資料を探すのがネライです。

 ところが実際は、図書館の女性職員の御世話に
なっています。パソコンを叩いて検索し、書庫に入って、
探し出してくれます。

 先日は、地元ゆかりの熊沢蕃山の記事を
観光協会が十年前に出した広報誌の中から、
見つけてくれました。感謝感激です、デハ。







2012/10/08 6:19:13|その他
再出発
 
 10数年前、花ど真ん中の里に入植し、
そのままにしていた本の整理をようやく
始めました。

 思えば仮の宿、こころ留むなと人をだに
諌めし我なり。謡いの本や古い日記です。

 本の整理と平行して、集め始めた
熊沢蕃山の資料を田中正造に対比出来るように、
また、渡良瀬遊水地のヨシ焼きがどうなるか、
放射能汚染のデータも引っ張り出しました。

 いつも連休なのに、連休を利用して一区切り
つけました。変革、チエンジ!デハ。







2012/10/07 6:56:49|その他
正造の苦笑

 田中正造の生家を訪れ、表紙に
大雨にうたれたたかれ重荷挽く
牛のあゆみのあとかたもなし 正造
の歌の入った一筆箋を二冊買いました。

 隣で、お年寄りグループが、入館料免除の
70歳以上の中に70歳以下が二人いる、全員無料に
ならないか。交渉していました。

 ここは、田中正造から寄付され、地元で
市の補助を受けずに、維持管理している。
担当者が、説明し、納得して貰っていました。

 生家を見終わったお年寄りが、これ入館料に
充ててとお金を差し出し、これを担当者は
ご芳志分に回していました。デハ。









2012/10/06 6:38:57|その他
蕃山堤

 熊沢蕃山が渡良瀬川流域に築いた堤防は、
足尾鉱毒事件による谷中村強制廃村の際、
提内の住民を水攻めにして、追い出すため、
県が壊しました。

 これが谷中村事件の始まり、悲劇の
象徴です。

 「谷中村事件」大鹿卓著は、その間の事情を
伝えています。谷中村は三年に一度ぐらい、水害を
蒙ったが「熊沢蕃山の設計にもとづいて築堤するに
及んで、地勢水勢に則った堅牢なものとなり、蕃山堤の
名とともに明治まで遺された」

 引き続き引用すると、ところが明治24年に到って、
この蕃山堤を故意に切り崩す無法者が現れた。首謀者は
当時の下都賀郡長安生順四郎でー略、一村の滅亡もここに
端を発したといっていい。デハ。







2012/10/05 7:01:08|その他
蕃山と正造

 真の文明ハ山を荒らさず 川を荒らさず、
村を破らず、人を殺さヾるべし。
田中正造、1912年明治45年6月17日の日記です。

 1909年明治42年12月19日の日記には、
国家のため、国家のためと唱へて、
山林を盗ミ、山を盗ミ、洪水を出し、
村を流し、村を潰し、古ニなき大毒海の
如きを造り、以て窮民を造り多く人を殺す。
国家のためとハ何を。

 一方、熊沢蕃山は1686年貞享3年ごろ、
「大学或問」を著し、この中で、
山川は国の本なり。近年山荒川浅くなれり。
是国の大荒なり。略、仁政にては百年の間には
本の山川に帰るべし。

 他言は必要ありません。偉大な思想家二人の
軌跡を辿り、お便りします。デハ








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