花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2013/07/05 5:58:08|その他
正造翁と富士山I

 「正造翁は、富士山に
登りましたか?」
 
 「そりゃあ、富士講で
登っているよ!」

 「!?」

 「教えて頂ければ幸いです」
            デハ







2013/07/04 7:08:50|その他
正造翁と富士山H

 富士講とは何ぞや!?

 県立足利図書館から、名著出版
「富士講の歴史」岩科小一郎著、
借りました。デハ







2013/07/03 6:24:51|その他
正造翁と富士山G

 正造翁が獄中に在りし時、
妻カツ夫人は、近くの神社に
夫無実の願を掛けました。

 夫に若い妾がいて、無実を
証明してくれなかった話、聞こえて
こないハズはないのにー

 正造翁が、疑い晴れ、郷に買えると
カツ夫人は「神社の池にて七日間(若い
妾とのバッチイ汚れを)洗浄して神社を
拝すべしと迫れり。

 正造翁は、夏まで(刑)の「猶予を乞え
炎暑の候に至りて、神社の社頭を借り水浴した」
「而して正造自身もいかなる感年(観念?)なるを
知らず」いかなる解釈すべきでしょうか!?デハ







2013/07/02 6:42:49|その他
正造翁と富士山F

 富士山を巡り、正造翁が妹りんとの
エピソードを自ら話しています。

 「予が獄中に在りし時妹は富士山に
願掛けし(殺人事件の冤罪晴れると)
妹は直ちに予に富士登山を勧め(略)

予の迷惑頻りナリ(略) 実は、正造翁、
盛岡の獄中で西洋近代思想に触れ、
富士山浅間信仰と手を切っていたからです。

 デハ如何したかというと、翁は
「兼ねて一策を案じ富士参詣は(妹から)
旅費を貰ふて(登らず)東京に遊び書籍を
買ふて帰り」でした。デハ

「参考文献」全集@
小松裕著 田中正造の近代








2013/07/01 6:05:36|その他
正造翁と富士山E

 正造翁と富士山、このテーマは、
都留文化大で「富士山学」を教えている
渡辺 豊博教授の次の一言で浮かびました。

 「これで(世界文化遺産に登録)富士山の
環境問題に関心が集まる。日本中の環境問題の
原動力になれば」

 ならば、温故知新の逆転発想、富士山の
取り組みを梃子に、日本最初のエコロジスト
正造翁の「事業」を再検証、再評価する!
 
 「富士山学」対正造研究者の言う「谷中学」
語感が似ていて、気に入りました。正造翁は
谷中村に入り、そこで、一旦捨てた、富士山に
再会しています。デハ
「参考引用」朝日新聞6月25日、ひと欄。







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