花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2020/08/21 9:46:18|その他
お知らせ
 パソコンが不具合に〜
安心サポートお願い。
回復次第お便りします。喝
 







2020/08/19 9:54:12|その他
逸見猶吉
2012年3月25日里便り。
「正造とその時代」「草莽の人」著者、
篠原信雄さんは、病気入院中で、お会い
出来ませんでした。

実は、谷中村出身の詩人、逸見猶吉の
ペンネームの由来を解くカギが、篠原さんの
「正造とその時代」に隠されています。
(それを確認したかった)

田中正造には、逸見斧吉と名乗る実在の
支援者がいました。逸見猶吉と逸見斧吉、
ペンネームと実在者。二人は別人。
破滅と復活。

篠原さんは、その対極をつなぐ「逸見猶吉」の
名にひそむ〜。喝







2020/08/18 9:17:28|その他
遠き故郷〜谷中村〜

「村を出た私の先祖をどう見ますか」
平成元年、旧谷中村を訪れた洋画家、
大野五郎が出迎えた「遺跡を守る会」会長
針谷不二男さんに尋ねました。

「村長も村民も明治政府の
富国強兵策の犠牲者ですよ」

「本当にそう思ってくれますか」
五郎さんは、八十数年来、背負ってきた
この十字架をやっと降ろせたと、帰っていかれた。


 
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2020/08/17 10:46:59|その他
逸見猶吉〜谷中村哀歌

 写真は詩人、逸見猶吉、本名
大野四郎の実家跡です。旧谷中村の
役場庁舎を兼ねた住まいは、足尾鉱毒事件に
よる強制廃村で破壊され、彼は、避難先の古河で
生まれました。

 祖父、孫右衛門は初代、父、東一は二代目村長、
村を守る立場から、国や県、そして村民の間で
板ばさみになり、苦悩を深めていきました。

 お会いした谷中村の遺跡を守る会長の
針谷不二男さんは、裏切り者とか、正義派とか
外部の研究者がレッテルを貼るのはオカシイ!
そう訴えていました。

2012年3月14日里便り再掲。







2020/08/16 9:18:29|その他
内助の功
 新聞記者の大先輩、和田日出吉、
旧姓大野、足尾鉱毒事件で翻弄された
谷中村長一族の次男です。

彼は、追われた生まれ故郷の名をを口にせず、
隠し続けました。
妻は和田つま、女優木暮実千代です。

「オレも谷中生まれだ!」彼が禁を破ったのは、
谷中村出身を名乗る弟、四郎、筆名逸見猶吉の
詩碑建立でした。渡良瀬河畔に建っています。

2012年7月7日再掲。