花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/03/19 9:39:25|その他
谷中村から
 明治37年(1904)谷中村に
移り住んだ田中正造(64歳)
言行録、村の印象5項目は。(島田氏)
 
 一、谷中村民が堤防の復旧を
要求するのは、母に乳を
求める赤ん坊と同じである。
 理解を示しています。
 
 二、三、四、五は、村民の翁に
対する対応、これを田中正造が
どう受け止めたか。
 
 島田氏はこれについて、カッコ付きで、
(残留民の態度は決して良いとは言えず、
また、翁も、残留民の心情を十分理解できない
ために、誤解もあった。)
           喝
 
 3月14日、未投稿、うっかりしていました。喝
 
 







2021/03/19 8:55:40|その他
ユ〜モア?! 田中正造翁

 2012年3月21日、里便り再掲。
 
 正造翁が来ると、どの家でも、
翁を風呂場に案内し、脱いだ着物を
大釜で煮て、カラの財布を見つけては、
カンパしました。

 正造翁が湯に入った後、シラミが、
一杯浮いていた!支援者の家族から、
この話は、聞いていたけどー。

 ところがシラミの話、自他共に
認められていました。シラミは正造翁の
トレードマーク、ユーモア正造のシンボル!?。

 確か、にシラミは、愛嬌のある顔を
していると子供のころ、思ったけどー。
ウーン、ナンカこうムズガユクなってきた!
正造翁ユーモアの旅へ!マタオイデ。喝







2021/03/18 9:25:24|その他
谷中に学ぶ
  正造翁言行録、
五、鉱毒被害地の中で、一番話の
分からないのは谷中村の人達で
あった。
 
 そして、その谷中村の中で、
一番、話の分からないのが、
今の残留民である。
 
 (筆者、島田宗三、注=「話しが
分からない」とは「指示道り動かない」
「やる気がない」意味で〜)
「双方に誤解があった」(島田氏)
 
 谷中村を守ってやる、助けてやる、
上からの目線が平行?になり、谷中に
学ぶ姿勢に転じたのは、先の話です。喝
 

 







2021/03/17 8:25:26|その他
谷中の人(月報、島田宗三)
四、谷中の人は、私(正造翁)の
顔を見ると挨拶して直ぐ湯を
沸かし、お茶を出す用意に
紛れて私の用事を聴こうとしない。
 
 お茶を出す親切心を以て私の話を
聞いてもらいたい。
 
 私は忙しい時間を割いて来るのだから、
お茶を馳走になるよりも、話を聴いて
もらう方が、ありがたい。
 
 引き続き引用、田中正造全集第八巻
所収、月報(四)正造翁言行録、島田宗三。
 







2021/03/16 7:51:03|その他
正造翁の言葉
三、どこかへ出かけようと誘うと、
着物がないカネがないと尻込み
する。着物がなければ着たままで
よい。金がなければ、金を使わずに
歩くがよい。
 
 もし、出先で金が必要の時は働いて
金を取ればよい。
 
 着物や金のために大事な用事を制約
されるなんて、ばかな話はない。
 
 引用、田中正造全集第八巻所収、
月報(四)正造翁言行録、島田宗三。