花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/02/16 14:04:43|その他
正造サンの葉書

  2012年7月取材した
正造サンの 葉書、感動甦る。

 田中正造サンが、藤岡町の
縁故者に書き送ったハガキ44点、
地元の資料館に寄託されています。

   ハガキの文面は、谷中村買収
反対運動のアドバイス、末尾に
ある発信元は、東京、埼玉、群馬、
それに茨城etcです。

  田中さんが生前、書いたハガキを
百年たった今、手にとって見る、
これは驚きです。

  その奇跡に感謝する一方、出不精、
筆不精の身には、田中さんが眩しく、
輝いて映ります。喝







2021/02/15 9:59:01|その他
正造サンと赤いポスト
 今日は、幻のポスト
(2012年8月2日)再掲。

 街角にあった円筒形の
赤い郵便ポスト、今、あまり
見かけません。
 
 子供のころ、頼まれた手紙を
ポストに入れると中でコトン、
音がしました。
 
 このポストが、登場したのが
明治41年1908年、そのころ、
谷中村は強制廃村で揺れていました。
 
 村に赤いポストが設置されたか、
田中正造サンが、赤いポストに
手紙を入れたか、それが問題です。喝
 







2021/02/14 14:59:45|その他
出会い
 正造翁と出会った
2012年2月、人間
田中正造研究ノートです。
 
 田中 正造を引き
合わせてくれた、恩人
ならぬ、恩鳥?
ジェット(ツグミ)に
ノセラレ、翁の生家を
訪ねます。
 
 生家は県道拡幅工事で
セットバックし、母屋に
銅板の屋根が被せられて
ています。
 
 生家はこの辺りに多い
質素な造りで、地元の
お年寄りが、ボランティアで
翁の話をしてくれます。
 
 話を聞いているうち、
これまでの呼び捨て、
恥ずかしく思う一方、
人間 正造にマスマス、
惹かれてきました。喝
(生家はコロナ禍でお休みです)
 







2021/02/13 9:39:57|その他
正造鯰
 
 田中正造、生誕百八十年、
直訴、百二十年。今年は
節目の年なのに〜
一人静かに、翁の面影を
偲んでいます。
 
 正造鯰(2012年)里便り
渡良瀬遊水地で会った
山菜採り名人が聞かせてくれた
話です。
 
 昔、彼の両親が営んでいる居酒屋で、
正造翁が、ナマズのテンプラをご飯の
オカズに、喜んで食べていた。
 
 コレハイケル!特ダネだ!?
待てよ!川魚は鉱毒で全滅!
捕れるハズがない!ガセネタか?
 
 なにやら、正造の顔が、鯰に
見えてきました。喝
 







2021/02/12 9:51:08|その他
田中正造 郵便運動
 田中正造郵便運動、退隠勧告
固辞の手紙、翁の思いが一杯
詰まっている、改めて感じ、
郵便運動取り組み再開デス。

 里便りで以前、郵便運動の
周り、少しカジッテイマス。
 
 2012年6月15日、里便り
青空人動カー

 藤岡町史によると
この地に自転車が普及した
のは明治40年頃、1900年始め、
おかげで郵便配達もラク?に
なりました。

 この年は、強制廃村、藤岡町に
合併した谷中村に残る農家の
強制破壊が、始まった年でも
あります。

 悲惨な辛酸が続く中で、
田中正造サンは、郵便に
谷中村の復活を託し、官憲の
不当な扱いに抗議しました。

 今、当時の郵便事情を
知りたくて、関係者を訪ねて
います。「古くってサア!?」
マタオイデ。喝
 

 

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