花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2013/12/11 10:03:11|その他
一時の恥

 里便り、これまで書きっぱなし、
送りっぱなしでした。回を重ね、前に
何を書いたか、引っぱり出せません!?

 恥ずかしながら、駆け込み寺へ、ナンダ!
そんなことか!分かってみればー、
カルチャーショックでした。

 温新知故?新しきを尋ねて、故を知る!

 光輝高齢者、ワープロ、パソコンetc.
押し寄せるアラ波の合間を潜り抜けた落ちこぼれ、
倦まず弛まずー、デハ







2013/12/10 9:56:58|その他
男は黙って夢を売るO

 粉にすればなんで出来る!逆に、粉に
しなくても作れたのが、ニラうどんでした。

 生のニラを粉にするのは、結構、お金が
かかります。それが、タダ!ヒントは?
ヨモギそば!それを真似ればイイ!

 企業秘密?ですが、要は、ニラの繊維を
バラバラにして、麺に練り込めるようにする、
答えは簡単、ニラを一旦、冷凍するでした。

 閑話休題、今日は何の日で言えば、明治34年
(1901)12月10日、田中正造が死を覚悟し、
明治天皇に直訴した日です。この日を境に、翁は
晩年大きく進化し、今も人々に夢を与え続けています。
それ故に今年は没後百年ではなく、正造元年です。デハ   








2013/12/09 10:28:00|その他
正造翁と富士山㊲

 田中正造生家近く、小さな
富士浅間神社祠前で、知人が
言いました。

 先達、坂原久行の「行」は市内の
浅間神社で見かける文字だヨ。(修行、
行者の)その「行」と同じで、久行は
本名でなく、本名に行の字を合わせたもの。
富士講先達の証だ!

 またマタ、目からウロコでした。
「富士講の歴史」岩科小一郎著によると、
富士講、元祖は角行、立行成就で行名を
名乗ったのが、始まり、食行弥勒、月行派、
日行―行は富士講の象徴です。

 なんでこれに気付かず、ヒサユキさんを
探し回ったのか!?因みに翁が昔話の
坂原茂平さんは、翁より五歳若く、富士登山
三回以上の先達経験は?でした。大事なこと
書き忘れていました。たまたま居合わせた
坂原久行?さんの子孫とみられる知人に、確認を
御願いして置きました。長くなりました、デハ









2013/12/08 8:22:55|その他
正造翁と富士山㊱

 田中正造が自叙伝に書き残した
富士講先達「坂原茂平」の名前は、
翁の記憶違いで、ホンモノは、別人の
可能性が出てきました。

 実は、翁の生家近くに、先達「坂原久行」と
刻まれた浅間神社の小さな社があります。

 この地区に多い坂原姓の家へ、先祖に
「ヒサユキ」さんという名前の人は、居ませんか?
地元のお寺の住職も神社の宮司も「ヒサユキさん」
探しに協力してくれました。

 皆さん、首を左右に振りました。それもそのはず!
「坂原久行」という名の人物は、実在しなかった!
そのワケ?は、ヒサユキさんでは、ないからです!デハ








2013/12/07 8:53:20|その他
男は黙って夢を売る!N

 「メグスリノ木のお茶」の、販売促進用に
メグスリノ木の飴も作りました。

 お茶は液体、飴にはなりません!困っていると
ケーキ屋さんがヒントをくれました。「粉にすれば、
なんにでも練り込める、飴だって簡単にできる」

 目からウロコ!正にコロンブスの卵デシタ。
このヒントは、後に特産のニラの粉末化につながり、
ニララーメン、ニラうどんになりました。

 閑話休題、飴屋さんが、これは特許もんだ!
この飴を実現させたたアンタに売り上げに、応じて、
例え、十円でもいいから、あげたい!申し出があり、
オスソワケに預かりました。デハ
 







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