花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2020/08/23 8:41:41|その他
正造翁 魂点描
田中正造翁の歌、もう一度、
ふり返ってみます。
2012年12月6日里便り。

大雨に
うたれたたかれ
重荷挽く
牛のあゆみの
あとかたもなし

ふる雪よ
やみかたなくば
つもれかし
我ハ踏ミたて
蹴立て行かなん
田中正造

参考まで
にほ照るや
なぎたる朝に
見わたせば
漕ぎゆく跡の
浪だにもなし
西行

憂きことの
なおこの上に
積もれかし
限りある身の
力ためさん
熊沢蕃山。







2020/08/22 9:43:10|その他
廃村の張本人

 図書館で一部新聞斜め読み、
栃木県が、来年秋の田中正造没後
百年記念事業に乗り気でナイ!と
伝えていました。

 乞うご期待!とお便りしたばかり、
関係自治体の足並みの乱れ!?
オヤオヤ?でした。

 ところがこれは、新聞記者サイドの
無理注文、谷中村をツブシタ県が、
事業参加は悪行の数々を自ら、
告白するようなもの、これは、
はるか陸奥、山形の菊「モッテノホカ」
 2012年10月30日里便り再掲。
 
 
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2020/08/21 9:46:18|その他
お知らせ
 パソコンが不具合に〜
安心サポートお願い。
回復次第お便りします。喝
 







2020/08/19 9:54:12|その他
逸見猶吉
2012年3月25日里便り。
「正造とその時代」「草莽の人」著者、
篠原信雄さんは、病気入院中で、お会い
出来ませんでした。

実は、谷中村出身の詩人、逸見猶吉の
ペンネームの由来を解くカギが、篠原さんの
「正造とその時代」に隠されています。
(それを確認したかった)

田中正造には、逸見斧吉と名乗る実在の
支援者がいました。逸見猶吉と逸見斧吉、
ペンネームと実在者。二人は別人。
破滅と復活。

篠原さんは、その対極をつなぐ「逸見猶吉」の
名にひそむ〜。喝







2020/08/18 9:17:28|その他
遠き故郷〜谷中村〜

「村を出た私の先祖をどう見ますか」
平成元年、旧谷中村を訪れた洋画家、
大野五郎が出迎えた「遺跡を守る会」会長
針谷不二男さんに尋ねました。

「村長も村民も明治政府の
富国強兵策の犠牲者ですよ」

「本当にそう思ってくれますか」
五郎さんは、八十数年来、背負ってきた
この十字架をやっと降ろせたと、帰っていかれた。


 
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