花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2021/06/25 10:07:04|その他
二一天作の五
 田中正造を編集長に船出した
栃木新聞(当時)「ナゼ斯(か)う
賣れぬか」
 
 そこで正造曰く
「予は元と二一添作(天作)に疎く」
創業者四人「額を鳩めて攻究し始めたり」
 
 田中正造昔話(p92)に出てくる話。
願いましては〜ハライましては〜
皆、経済に真黒なり。
 
 田中正造、需要と供給の経済原則を
説き、翌日より(売れぬ)新聞紙を
撒きちらし〜各郡長に新聞を買わせ、
郡民に恵与、販売促進に当たる。喝
 
 







2021/06/24 9:20:08|その他
予は栃木新聞編集長ナリ
 明治12年(1879)創刊された
栃木新聞(当時の名称)創業者4人、
その一人、田中正造が編集長に。
 
 田中新編集長の役割は、当時の
言論活動を取り締まる新聞紙条例、
讒謗律に立ち向かう厄介な仕事。
 
 しかも無月給、ボランティア。
その上、正造が上から下まで、
世間のスミズミを知っていると
社会探報記者も。
 
 なんで「予が、痴児狡妓輩が醜体を
公表する」通称?三面記事を?
(予は天下国家を論じる政治部記者なり)喝
 
 







2021/06/23 10:22:35|その他
なぜ正造は新聞を愛したか
 田中正造ほど、新聞を愛した
政治家はおりません。
 
 当時、地元で創刊された新聞の
経営に参加、資金繰りにも協力し
ました。
 
 「新聞発行を続けるため、当座、
五十円必要、貸してくれ」
「ダメだ」
 
 この時、役だったのが、正造が
飼っている?半風子?縁側でプチュ
プチュつぶすのを見て、相手は、茫然、
終に五十円与え云々。この辺でご容赦。喝
 







2021/06/22 9:42:33|その他
ㇳッチンに学ぶ
 ㇳッチン、栃木鎮台の栃と鎮を
チジメテ、田中正造につけられた
アダナ、愛称です。
 
 パソコンで検索すると栃木の
賃貸住宅の広告が出てきます。
トンチンカンでなく、今は、
昔の話です。

 アダナの由来は、イロイロ、
声がデカいから、号令が行き届く、
栃木の守備隊長に相応しい。
 
 いや、反対政党の暴漢が拳銃
発砲殴り込み、予の政党つぶす気なら
田中を殺してからにせよ!喝
 
 







2021/06/21 10:27:40|その他
車力と腕車
「車力」荷車に物を載せて
運ぶ人、個人運送業者。
「腕車」人を乗せて移動する。
人力車。
 
 田中正造、鬼県令反対運動の
描写に出てくる当時の職業、
時代背景が分かります。
 
 「乙女村事件」
村人たちはことごとく道路工事の
人夫に〜。村人たちには「車力」や
近くの思川で(略)その日ぐらしの、
 
 「正造妹逮捕で避難」
叢中に身を潜めて(略)しばらく
あって首を挙ぐれば余音春容渺呼と
して腕車五、六十輌を認む。
   
「参考引用」k・ストロング
田中正造伝。