栃木山岳会

栃木山岳会公認のホームページです。 山行計画及び報告を公開しています。
 
2011/11/03 11:55:24|その他 
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写真@ 県南集中登山     10月16日
写真A 穂高連峰        9月30日〜10月2日
写真B 上州武尊山       9月11日
写真C 岩トレ(藤坂ロックガーデン) 6月 5日

11月 2日 定例会から
  (古内 古内敦 日向野 赤塚 木暮 宮田 氏家)

山行報告
個人山行
 10月10日 古峰ヶ原  猿山 他13名
       日本山岳会栃木支部の山行です。
   23日 日光白根山  日向野 木暮
       天気は思ったより良かった。篠ちゃんに
      も声を掛けてきました。(by日向野)
    28日 午前 笹目倉山  午後 羽賀場山 片柳他2名
   29日 霧降キスゲ平〜丸山山頂 片柳 他4名
   16日 地蔵岳   猿山

関連事業
   23日 「山の文化 in TOCHIGI」 コンセーレにて
       スタッフ手伝い 古内敦 片柳
       一般参加    赤塚  古内

山行計画  
会の山行
 11月12日 岩トレ(藤坂ロックガーデン)
      参加予定 浅野 古内 古内敦 宮田 氏家
 12月 3日 ザイル祭り
   18日 雪山歩行訓練
      参加予定 浅野 古内 古内敦 猿山 宮田
           氏家
個人山行
 11月27日 そば会山行
      参加予定 日向野 赤塚 木暮 古内 古内敦
           猿山 宮田 他
関連事業 
 11月20日 海外登山の集い  委員 古内敦 片柳


10月19日 定例会から
  (浅野 古内 古内敦 赤塚 宮田)
山行報告
会の山行
 10月15〜16日 県南集中 白根山
  前夜懇親会 浅野 赤塚 古内 片柳  富士産業OB 3人
        小山山岳会 8人  グループ・ド・モネージェ 1人
    雨が止んだので銀マットを敷いて外で宴会、持ち寄
   りで肴は盛り沢山、楽しい夕べを過ごした。

  集中登山  赤塚 古内 古内敦 片柳 宮田
        富士産業OB 3人  小山山岳会 9人
        グループ・ド・モネージェ 1人
    小山山岳会は外山尾根から登ると言うことで6時出
   発。我々は6時半集合場所Pに移動、途端に強い雨。
    行こか行くまいか、モチベは下がる一方、「小山
   は行ったからな・・・」合流後菅沼口に移動、栃木YC
  の大阿久さん等がいた。YCは温泉へと去って行った。
   8時出発、弥陀が池9:30→五色沼10:10→避難小屋→
  山頂11:00 弥陀が池を過ぎた頃から急速に回復、雲
   は多いものの眺望は十分楽しめた。鬼怒沼がハッキリ
   と見えた。富士産業OBの到着後集合写真を撮り、各々
   に下山。帰りはいろは坂が停滞すると見て、赤城北面、
   水沢、足尾、粕尾峠経由で帰宅した。

個人山行
 10月 9日 苗場山   片柳 他
   10日 大源太山  古内 古内敦
    12日 三斗小屋跡 赤塚 木暮 他1名
      歴史探訪ハイキング、沼原への途中で通行
     止、歩きも駄目と言われ波乱な出だし、でも
     当時住んでいた方と出会い、お話しが出来、
     大変充実した探訪となりました。
   14日 日光白根山 片柳 他1名
   16日 地蔵岳   猿山
       集中に参加するつもりで・・・でも既に
      遅かった、燃料もなかった、ここにした。
   19日 会津駒ヶ岳 渡邉

山行計画  
会の山行
 11月12日 岩トレ(藤坂ロックガーデン)
 12月 3日 ザイル祭り
   18日 雪山歩行訓練

個人山行
 11月27日 そば会山行







2011/11/03 12:01:39|その他 
山行報告(個人山行)

写真 @個人山行色々 A苗場山 B矢板桜沢 C皇海山

平成23年度
10月19日   会津駒ヶ岳・中門岳  渡邉
 天気は最高。取付点(ハシゴの階段)までは工事中のため車は入れ
ず、燧、日光連山等がよく見えた。 ・中門岳のチトウの水の色がステキだった。

10月 9日   大源太山 古内2人
 東洋のマッターホルン、馬蹄形登山の際、大変印象的に見える山です。何時かは行ってみたいと思っていました。今度は沢を詰めて行きたくなりました。

10月3〜5日  奧穂高岳  渡邉
 天気良し、展望良し、満足満足の山行でした。
       
9月18日 男体山(御真仏薙から) 古内2人
 片柳会員の報告を受け即決、天気も良く、ひとっこ一人居ない静かな遡行を十分楽しんだ4時間でした。でも志津林道も山頂も目を見張るほどの黒山盛り、「あ〜!沢登りが好きで良かった」と、改めて感じた次第です。

9月10日 男体山(御真仏薙から) 片柳 他7人
 男体山にこんな楽しい沢があったとは!!充実した山行でした。 
8月29-30日 剣岳   片柳 他
 
8月29-30日 富士山  渡邉 他2人
 本山行では、息を切らすこともなく快適に登りました。天気も良くアルプスも見えました。

8月 7日   八甲田山 渡邉 孫2人

7月17日 苗場山 渡邉 宮田 古内
 年長の渡邉さんが、山頂まで短時間で行ける小赤沢口からのルートを計画した。ここは皇太子夫妻が登ったルートだそうだ。そこで山岳会の2人の皇太子(頭が後退し)と爺や・3人による珍道中となる。
 2145mの山頂に尾瀬ヶ原が?ワタスゲが盛りでキレイだった、が、爺や曰く樹林の登りが田植え道とスリップしやすい岩ごろでつまらない・・・・・。あくまで個人の意見です。

7月10日 桜沢  古内 古内敦 氏家
 沢デビューの新人君に万向きの桜沢を遡行した。シャワークライム、登攀可能な滝、ナメ、ゴーロ全てを有していて、近くて短い。
 新人君は数日夢にうなされ?あ!いや夢の中でも登っていたそうだ。

7月 3日
 清掃登山(日光白根山) 木暮 古内 古内敦 氏家 他2人
  ゴミが一つもない清掃登山となった。この既設は新緑と可憐な花々が美しい。

6月12日 皇海山 渡邉 猿山 宮田 氏家
 栗原山林道から数回徒渉をして、でちながって、つっぺって楽しく山行したそうだ

5月15日
 アカヤシオ満開の両神山に 渡邉 古内 古内敦 宮田 氏家

平成22年度
7月25日 矢板スッカン沢と桜沢遡行 片柳 古内 宮田 他1名
 連日の猛暑で気持ちは沢一辺倒、そこで矢板岳友会さんや小山山岳会さんのHPで『こんな近くに、こんな良い沢が』と紹介されていた矢板の桜沢に行った。その通りの沢だった。ここは滝巡りの遊歩道が有り、ハイカーもそこそこ居る。山の駅「たかはら」から遊歩道を二股に向かう、約1時間で着く。先ずはスッカン沢、水は青白濁、釜はコバルトブルーになる。登れそうにない滝が二つ、後はゴーロ帯。柱状節理が印象的、桂の巨木も必見である。遊歩道を引き返し桜沢へ、咆哮霹靂の滝(落差は約15m)登りから始まる。滝は二つに分かれており、向かって左側が咆哮、右側が霹靂だそうだ。我々は水量の多い咆哮の滝を果敢に攻めた?ヘルメットに容赦なく打ち付ける水圧に攻め負け、トップは逃げた。写真は一息ついたところだ。穏やかな流れなので雷霆を登るのが大人の判断だ。ここを登り切ると滑床と小滝が雷霆の滝まで続く、大変気持ちの良いところだ。雷霆の滝を過ぎると後は県道まで巨岩混じりのゴーロ帯である。ふくらはぎが大変疲れるところだ。疲れるのがいやな人は、滝越えしたら遊歩道を使ってやまの駅に戻ることが出来る。そこを逃すと遊歩道は遠くなってしまうので注意が必要だ。いずれにせよ、酷暑の中短いながらも沢を堪能できる良い所だった。

6月 6日 袈裟丸山  古内 古内敦 渡邊 宮田
 五葉ツツジ(シロヤシオ)のトンネルを潜りたく、この日に袈裟丸山を計画した。「一週間前の方が」と言う意見も在ったが、4月の遅雪もあり丁度良いだろうとこの日に決めた。行ってみると賽の河原周辺の五葉ツツジには若干遅れ気味だったが、花々は咲き乱れていた。特に東国三つ葉ツツジは五葉ツツジに代わり圧巻だった。その他石楠花、2種類のヤマツツジ(ピンクとオレンジ)、峰桜、アカヤシオ、足下にはサクラソウ?。ミヤマクワガタが。天候にも恵まれ、目に柔らかい新緑のなかをのんびりと、ただのんびりと過ごした。
 「こんなにいい山が、こんな近くにあるなんて知らなかった。」
初めてこの山を登った仲間の、率直な感想でした。

平成21年度
10月25日 谷川岳  浅野 古内 古内敦 宮田
 浅野、古内の2人は、50を過ぎて初めてマチガ沢本谷から東南稜をへて谷川岳に立った。随分長い道のりだった。言うに言えないエピソードが其処にはあったのだった。
 一方新入会員の宮田は、谷川岳が初めてだった。西黒尾根より本谷、東尾根を堪能しながら快適に歩いたと言うことだ。一般道とはいえ、少々鎖場などがある。「先週の藤坂での岩トレに参加して良かった」と言っていた。







2011/07/29 23:04:07|その他 
第101回 市民ハイキング「車山高原」を満喫しました。

 車山高原の穴場・秘密の「静かな山域」から喧噪の車山へ、明るい唐松の林を、満開のニッコウキスゲの中を、多種多様?な花々の中を歩いてきました。秘密の登山口から車山乗越までの静寂さと、車山乗越から車山、車山肩までの人の多さ、そのギャップに驚きました。今回は、霧ヶ峰(車山肩北部)も比較的静かでした。
 皆さん、満足されたのではないでしょうか?  写真@

第101回市民ハイキングは「車山高原」へ

 今回の市民ハイキングは予想以上に好評で、すでに満席となってしまいました。ホームページにアップしてから2日の出来事に大変嬉しいことなのですが、少々戸惑っていると同時に申し訳なく反省しております。次回からはもっと早くアップ出来るようにしますので今後も宜しくお願いします。ありがとうございます。


下見をしてきました。写真A
 今はレンゲツツジが盛りですが、一月後は何が咲いているか?楽しみです。


第100回 記念の市民ハイキング報告 写真B
登山家 田部井淳子さんと楽しく歩いてきませした!
10月16日(土)〜17日(日)計画通り記念すべき第100回市民ハイキングが行われた。参加者は33名、リーダー5名の総勢38名が各々の思いを胸に田部井さんとのひとときを堪能した。
 10月16日(土)は浄土平から一切経を往復し、鎌沼を一周した。雲の流れは速く風は冷たかったが天候はまずまず、しかし避難小屋から山頂往復では雲に覆われ、視界が妨げられ、リーダー、参加者の判別が難しくなるなど、少々苦労した。リーダーの目印青シャツが防寒着を着ることで無くなり、参加者や他の登山者に紛れ込んでしまったのである。反省すべき出来事である。後半の鎌沼一周は天候も回復し、木道をのんびり、且つ快適に歩くことが出来た。
 今夜の宿は沼尻高原ロッジ、部屋良し、お湯良し、食事良しの三拍子そろった宿であった。夕食後7時より田部井さんの講演、北アルプス縦走や趣味悠々山で元気に!登山入門での撮影秘話や、エピソード等の面白い話題を所々に交え、全世界の国々の最高峰を目指す登山をしているなど、参加者にとっては大変興味の湧く、有意義な90分であった。・・・・・つづく
 この続きは近日アップ

第99回 市民ハイキング報告  写真C
 日  時 10月11〜12日  場所 安達太良山
 参加人数 12人
 リーダー 臼井 木暮 坂本幹 古内
 11日朝5時、好天を確約された一行は「ほんとうの空」を求め千恵子の故郷に向かう。千円渋滞にはまることなく順調に奧岳スキー場に着く。駐車場はマイカーで埋め尽くされている、ゴンドラ駅には長蛇の列、我々はゲレンデ登山組12名とゴンドラ組4人に別れスタートした。約70分後合流、確約されたはずの天候は荒天に転じ、瞬く間に雨雲に覆われ冷たい雨が・・・。加えて強風、体感温度は下がるばかりだ。
 山頂に近づく頃には雨は止んだものの、順番待ちでごった返す山頂周辺、加えて来る冬を感じさせる強風、それでも参加者は頂点「乳首」に立つことを諦めない。下見で確認した順番待ちの無い所から速攻で往復し、希望を達成させた。比較的風当たりの少ない所で昼食を摂り、くろがね小屋に向け下山、風は強いものの「ほんとうの空」を覆い尽くしていた雲も次第に飛ばされ、くすんでいた紅葉が陽射しを浴び輝きを取り戻した。感嘆を其処彼処に留め置きながら一行は足取りも軽く本日の目的地・くろがね小屋に着いた。







2011/07/19 22:35:18|その他 
マリ峰 サミット速報

マリ峰の頂上に立つ:写真@

 マリ峰登山隊は7月11日サミットしました。沖隊長からの報告をそのまま掲載します。

マリ峰( Mt.Mari,6585m)初登頂速報

 パンゴン山脈東側のNachalak Lungpa の支流のKangsi Phu 谷奥の標高5800m の氷河上に設したC2 を7月11日午前3 時に出発し、午前10 時50分にマリ峰の初登頂に成功した。
 出発時の気温は-8℃、風は少しあり、曇り晴れの天候であった。大内・ダワ(クライミングガイド)、片柳・毛 塚の2 組のザイルパーティは、マリ峰北側にある無名峰 P.6531 Mt.Rock Headwear)の岩壁の下部の雪の斜面を、マリ峰とP.6531 のコル(標高6000m)に向かって、斜め右上へトラバース気味に登る。雪面は、表面がザラメ雪状で 、その下はコンクリートのような固い氷になっている。雪面はマリ峰直下から派生しているマリ東氷河(仮称)に右側からに続いている。午前4 時40分、コルに到着する。夜は明け始め、周辺の山々がうす明かりの中に見えている 。しかし、雲が厚く垂れ込め、朝日は顔を出していない。
 コルからマリ峰へ続く雪と氷のリッジをコンテで辿る。リッジは予想外に幅が広いが、リッジのマリ東氷河側とNlyunguk Lungpa 谷上部の氷河側はどちらもすっぱりと切れ落ちている。リッジの傾斜は 60 〜70度程度で、表面は ザラメ雪で不安定であり、下部は氷である。
 40m・3ピッチで2時間ほど登り、リッジをマリ峰から派生しているマリ東氷河側に少しトラバースする。クレバスが横エル字状に不気味に口を開けている。スタカットで再び3 ピッチで登る。雪庇がKangsi Phu谷側に大き く張り出している。慎重に登攀を続ける。しばらくして再びクレバスが口を開けている場所に出た。ダワがクレバスにはまったが大内の咄嗟の確保で大事にはいたらなかった。ダージリン出身のダワは、体力はあるが登攀技術はまだまだで、このような難場でのトップをまかせるわけにはいかなかった。しかし、雇用した 5人のハイポーターのうち高所で登攀活動ができるのは、彼だけであった。
 やっと下から見えていた雪のピークに午前10 時25分に着いた。しかし、その先にさらに高いピークがあるではないか。最後の力を振り絞って、一旦5mほど下り、登り返して、そのピーク、マリ峰の真の頂上に到着した。時計を見ると10時50分であった。C2から約8時間かかっていた。マリ峰山頂の広さは僅かで、1人が立つのがやっとであった。マリ峰の北側は斧で断ち切ったようにすっぱりと1000mほどの高度差でNlyungukLungpa谷上部の氷河の源頭部まで切れ落ち、目の眩むような高度感である。その北側に日本山岳会石川支部隊がパンゴン湖側から2008年8月に、マリ峰から転進して初登頂したマーン峰(Maan, 6342m)の岩峰があり、マリ峰のコルに鋭い長いナイフリッジで続いている。石川支部隊が「ゴジラの背」と報告した登攀不可能に近いヤセ尾根である。また、ツインピークである2004年にインド隊によって初登頂されたマリ西峰(仮称、6560m)にマリ峰から続く岩と雪のリッジは鋭く、起伏が多く、とても登攀不可能に思えた。
 山頂では、寒かったが幸い風は強くなく、雲はあったが周辺の山々を眺めことができ、多くの山々の写真を撮影した。また、交代で初登頂記念の写真を撮り、下山にかかった。
 下りは登りに倍加して危険が多く、疲れた身体に鞭打って、慎重に下る。難場のルートにフイックスした延べ約600mロープを回収しながら一歩一歩高度を下げていく。
 午後2時10分にコルに着いてやっと一息入れる。アジア最大の塩湖・パンゴン湖の青黒く輝く標高4300mの湖面の一部が見えていた。日射によって柔らかくなって歩きにくい雪の斜面をコルからC2へ向かって下って行く。午後3時25分に無事C2に帰着した。さらに、C2から氷河カールの左側の急なガレを下り、C1(5600m)に着いた。ハイポーターのロブサンが甘いジュースを作って待っていてくれた。
 大内・片柳・毛塚の3名は7月12日に登ってくる予定の粂川登攀隊長と沖隊長を迎え、第2次登頂に向けてサポートするためにそのままにC1 泊まった。ダワとロブサンは安全なBCに帰って休みたかったようで、午後4時にC1を発って日も暮れた午後7時過ぎにBCに辿り着き、BCにいた粂川・沖・インド人スタッフ全員に祝福された。しかし、ダワは疲労困憊していた。ルートの状況を聞きだそうとしたが明瞭に説明できなかった。悪絶なルートを思いだしてか、「ルートは危険であり、クレバスに落ちたし、もう二度と登りたくない」とリエゾンオフィサーに訴えていた。そのためか、個人装備と彼らのテントを、C1とC2からBCにすべて運び降ろしてしまっていた。また、「日本人3名は多分明日下山してくるだろう」とも話していた。粂川と沖はこの状況で、下山してくる予定の3名をBCで待つか、C1に登って行くか検討したが、連絡がとれないままでは混乱するし、初登頂の状況も早く聞きたいので、3名のいるC1に明日登って行くことにした。次の日は曇り空であったが粂川と沖は午前7時にBCを出発し、標高差1000m を登って午後2時にC1着いた。 大内たちに初登頂のお祝いの言葉もそこそこに、早速ルートの状況を聞いた。ダワの話したようにルートは非常に厳しいということであった。毛塚は下降中に一度クレバスにはまり、急なガラ場で数度足を滑べらしたが、片柳の確保で事なきを得たが、肩をひどく打っており、これ以上の登攀は無理で、一刻も早く酸素の濃いBCへ下らなければならない状況であった。午後3時に急いで一人でBCに下山していった。大内は痔が悪化し、数日は動けない症状で、腰を上げるのも辛そうであった。片柳は元気であったが数日前から続いている咳が止まらず万全の体調ではなかった。協議した結果、明日7月13日にC1に登ってくる予定のダワとロブサンのサポートで、粂川と沖と片柳がC2に入ることにした。
 7月13日午前11時にダワとロブサンがBCからC1に着いた。彼らも思いなおしたらしく、テントなど一式を担いで登ってきていた。ダワは明日C2に着き、そしてコルに登り、さらに条件が良ければ山頂を目指す、粂川と沖と片柳をサポートすることになった。C1からC2へのルートはC2の右手のガレ場を迂回して登るものと、マリ峰正面からのマリ東氷河に突き上げている急峻な岩場まじりの斜面を、ほぽ直登するものとがあり、ダワたちは時間が短いので後者のルートをとることを主張した。
 7月14日午前7時、ダワとロブサンが先行し、粂川と沖と片柳が続いた。たしかに直登するルートは時間が短 くてすみそうだったが、上部からの落石の危険もあり、途中でゆっくり休むことはてきなかった。岩場・ガレ場・氷の張る小沢、そして、最後は氷河となり、約2時間でC2に着いた。
 C2は広い氷河上に建設され、マリ峰山頂の望める快適なテント場であった。その夜は、粂川と沖と片柳はC2に泊まり、ダワとロブサンは C1に下って泊まった。
 しかし、その夜半から雪が降り始め、翌朝までに約15cmの積雪があった。朝になっても晴れる兆しはなかった 。むしろ新雪雪崩が心配であった。頂上は無理でもせめてコルまでという希望は望むべくもなかった 。C2を撤収し、下山することを決定した。充分な高所順応のできていない沖を片柳が後方からザイルで確保し、粂川らが前を歩くとという体勢で登りと同じ約2時間かかってC1に帰着した。
 別項に記すように、インナーライン許可未取得のままで登山しているという特異な事情もあり、BCでもう一度ゆっくり休養して第二次登頂を試みるという時間はかった。7月16から17日にかけてC1を撤収し、リエゾンオフィサーと日本人のみ、急いでBC を離れ、7月18日にタンツェ経由でレーに帰着した。インド人スタッフはBCを撤収し7月19日、レーに帰着した。
                 (7月19日、レーにて・沖記)

県南研修会2011:写真A

県南研修会2010:写真B
 例年行われいたた谷川マチガ沢から、今年は上州武尊山に場所を変え行うことになった。生憎の雨模様の中、総勢15人が滑らないための歩き方、滑ったときの対処法、埋まったときの探し方を、短い時間ながら、初心者は意味を捉えながら実践し、また中上級者は指導しあうことによって再確認した。
 参加者 小山山岳会 11人(訓練8人)、 羚羊山岳会 2人
     栃木山岳会  4人  栃木ヤングマンクラブ 1人 

パルチャモ峰登山隊報告:写真C
 パルチャモ峰登山隊は、10月30日7時11分(現地時間)3名の隊員全員がシェルパと共に登頂を果たしました。天候にも恵まれ順調に進み、予定より早く山頂(6273m)に立つことが出来たようです。隊員は既にカトマンズに戻っています。
隊員1名が手の指に軽い凍傷を負い、現地ドクターの薦めにより、日本の専門医に診察してもらうために11月2日帰国しました。
 一方トレッキング隊も順調で、11月3日にカトマンズに戻ります。







2011/05/05 2:40:37|その他 
山行報告(会の山行)

平成23年度
4月30日〜5月2日 春合宿(金峰山・瑞牆山) 写真@
  テント泊デビューの2人とベテラン3人の計5人が、長
 野県と山梨県境の金峰山、瑞牆山に行った。アイゼン歩
 行は数回行っていたが、肩に食い込むザックの重さと、
 稜線でのバランスを崩すほどの強風(金峰山頂での集合
 写真:手に持ったタオルのたなびき方で感じ取って欲し
 い)は、初めての経験である。何はともあれ、良い経験を
 したことだろう。

4月23日〜24日 柳瀬前会長を偲ぶ会、追悼山行
 写真AB



4月23日 平成23年度(第58回)定期総会  写真C
  あきやま学寮の研修室をお借りし、顧問3名、会長以下
 12名の参加を得、定期総会を行った。







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