「この木なんの木」の記事の中であまり言及しなかったが、たとえで語られると真意を探り出すのが難しい。 今日の部分も分かりにくい代表的な部分でしょう。 皆さんはどのように読みますか。 ルカによる福音書8章です。
(光が見えるため)16節 あかりをつけてから、それを器で隠したり、寝台の下に置いたりする者はありません。燭台の上に置きます。はいって来る人々に、その光が見えるためです。
(隠れているものは、あらわになる)17節 隠れているもので、あらわにならぬものはなく、秘密にされているもので、知られず、また現われないものはありません。
(与えられ・取り上げられ)18節 だから、聞き方に注意しなさい。というのは、持っている人は、さらに与えられ、持たない人は、持っていると思っているものまでも取り上げられるからです。」
(私個人の理解) 聖書記者は、イエスが語った印象深い言葉を並べているだけでなく、記者自信が感動して受け取ったメッセージを読者にも伝えようとしているはずだ。 即ち 「あなたより多く愛している」 「この木なんの木」 などの部分で語った内容は、一貫して何かを伝えようとしているはず。
今日の部分に対する私の要約は 「信仰による生活」 である。 「聞いて行なう人」 はますますその 「信仰による生活」 に磨きが掛けられ、「聞いても行なわない人」は聞いて受け取った知識も忘れて(取り上げられて)しまうと教えているように思えてくる。 私の弱点に対して 「あなたは間違ってる」 と言わずに、 「そう思いませんか」 と諭すように、自分で気付くように、そっとささやいているように思える。 ここも、信仰の先輩に指導を請わねばならない。 皆さんの意見も伺いたい。
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