花ど真ん中の里便り

栃木県は日本の花ど真ん中です。
 
2020/09/18 9:59:58|その他
富士山に祈れ
 正造翁が獄中に在りし時、
妻カツ夫人は、近くの神社に
夫無実の願を掛けました。

 夫に若い妾がいて、無実を
証明してくれなかった話、聞こえて
こないハズはないのにー

 正造翁が、疑い晴れ、郷に買えると
カツ夫人は「神社の池にて七日間(若い
妾とのバッチイ汚れを)洗浄して神社を
拝すべしと迫れり。

 正造翁は、夏まで(刑)の「猶予を乞え
炎暑の候に至りて、神社の社頭を借り水浴した」
「而して正造自身もいかなる感年(観念?)なるを
知らず」いかなる解釈すべきでしょうか!?デハ
 2013年7月3日里便り再掲。







2020/09/17 9:26:13|その他
 続 愚兄賢妹
 富士山を巡り、正造翁が妹りんとの
エピソードを自ら話しています。

「予が獄中に在りし時妹は富士山に
願掛けし(殺人事件の冤罪晴れると)
妹は直ちに予に富士登山を勧め(略)

 予の迷惑頻りナリ(略) 実は、正造翁、
盛岡の獄中で西洋近代思想に触れ、
富士山浅間信仰と手を切っていたからです。

 デハ如何したかというと、翁は
「兼ねて一策を案じ富士参詣は(妹から)
旅費を貰ふて(登らず)東京に遊び書籍を
買ふて帰り」でした。デハ

「参考文献」全集@
小松裕著 田中正造の近代
2013年7月2日里便り再掲。







2020/09/16 9:06:41|その他
富士山学と谷中学
 正造翁と富士山、このテーマは、
都留文化大で「富士山学」を教えている
渡辺 豊博教授の次の一言で浮かびました。

 「これで(世界文化遺産に登録)富士山の
環境問題に関心が集まる。日本中の環境問題の
原動力になれば」

 ならば、温故知新の逆転発想、富士山の
取り組みを梃子に、日本最初のエコロジスト
正造翁の「事業」を再検証、再評価する!
 
 「富士山学」対正造研究者の言う「谷中学」
語感が似ていて、気に入りました。正造翁は
谷中村に入り、そこで、一旦捨てた、富士山に
再会しています。デハ
「参考引用」朝日新聞6月25日、ひと欄。
2013年7月1日里便り、再掲。
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2020/09/15 8:39:04|その他
賢妹りん
 正造翁が明治28年(1895)
知人に出した手紙の一節、
妹りんのプロフィルです。

 りんベン強毎朝必ず六時ニ
起キテ書ヲ読メリ。兄兼三郎
ハ時ニ至ラザレバ起キズ。

 夜ルハりん十二時ニ至ラザレバ
臥セズ。正造ハ夕飯シノ膳ヲ去バ
直ニ寝ル。

 その妹りんが、兄正造翁に
異変が起きると富士山に、
必ず願を掛けました。
 2013年6月30日、里便り。再掲。
 
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2020/09/14 10:07:39|その他
出会い
 田中正造と富士山の出会い、
2013年6月28日、次のように
お便りしています。

 予は下野の百姓なり、で始まる
田中正造昔話に、予は性来口訥にして
且つ記憶力に乏しかりし、略、

(続いて)左れば予も自ら憂憤して
独り富士浅間を信仰し、云々、翁この時
予が七歳の時なり。

 正造翁と富士山、紆余曲折の
エピソードが伝えられています。喝







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